巨人・菅野 球界初開幕投手13連勝で通算100勝!平成生まれ初!歴代7位のスピード到達

[ 2020年10月7日 05:30 ]

セ・リーグ   巨人6―4DeNA ( 2020年10月6日    東京D )

<巨・D>通算100勝を達成し、原監督(左)に祝福される菅野(撮影・森沢裕)
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 巨人の菅野智之投手(30)が6日、DeNA戦に先発し、7回を4安打3失点に抑え、13勝目を挙げた。開幕13連勝は1966年の堀内恒夫(巨人)に並ぶセ・リーグ記録となり、開幕投手ではプロ野球新記録となった。平成生まれで初となる通算100勝も達成。「不敗神話」を続けるエースがチームを首位独走に導き、29試合を残して勝率5割以上が確定した。

 負けない投球がエースの理想とする投球。いい投手の定義について菅野はこう考える。

 「抑えたピッチャーが偉いと思う。どんなにいいボールを投げても打たれたら元も子もない」。今季、勝敗が付かなかった3試合も含め、登板16試合でチームは全勝。投げれば負けない投球で自身の言葉を体現している。

 この日も、点は与えてもリードは許さなかった。1―0の3回に神里の犠飛で同点とされるが、後続を抑えた。3点リードに広がった4回もロペスに2ランを浴びたが、後続を断った。7回4安打3失点。6点の援護をもらった打線にも「改めて野球は助け合いのスポーツと感じている」と感謝した。

 プロ1年目の13年にふと未来を思い描いた。当時のエース内海(現西武)がこの年の6月に100勝を達成。10安打3失点ながら完投で勝利に導いた左腕の姿を、今も鮮明に覚えている。「その時に自分は何勝できるんだろうと思った」。かつてのエースの姿から学び、7年の時を経て自身も到達した大台。「自分が100勝できるとは思わなかったし、いろんな人に感謝したい」とエースに成長した右腕は語った。

 強い責任感は早くから持ち合わせていた。2年目の14年。右手中指の腱の炎症で8月にプロ初の出場選手登録抹消を経験した。「悔しさとか、情けなさとか。申し訳なさもあった」。テレビで1軍の試合を見ても、チャンネルを変えてしまうことがあった。リハビリ中は午前6時台に球場入り。7時から無人のグラウンドを黙々と走り、2時間後の全体練習に臨んだ。「必ずやろうと決めていた」と2軍生活に染まらないよう自身を律した。

 原監督は「超えさせない(リードされない)というのがね。若い投手もそういうところを見習ってもらいたい」と言った。その若手筆頭株が2年目の戸郷だ。「戸郷にもそういうところ(100勝)を目指してほしい」。巨人の絶対エースは、後輩にも期待を寄せた。(田中 健人)

 ▼堀内恒夫氏 球界で一番いい投手が自分の記録に並んだのだから納得だ。高校生ルーキーだった私の開幕13連勝はリリーフで挙げた2勝も含まれている。勢いでやっていた私に対して菅野は30歳。「勝たなければ」という重圧はほぼ中6日で先発している方が大きいし投手としての完成度も菅野の方がはるかに上。相手から球種、球筋を研究される中で勝ち続けているのだから立派だ。

 【菅野の記録アラカルト】

 ☆7人目の開幕連勝 菅野が無傷の13連勝。開幕13連勝以上は、13年田中将大(楽=現ヤンキース)の24連勝を筆頭にプロ野球7人目。開幕投手を務めた投手では04年岩隈(近鉄=現巨人)の12連勝を抜く新記録だ。また、セおよび巨人では66年堀内恒夫に並ぶ開幕最多連勝記録になった。

 ☆プロ100勝目 13連勝で史上138人目の通算100勝にも到達。巨人で100勝以上は別所毅彦の221勝を筆頭に17人目。なお、初勝利は13年4月6日中日戦。

 ☆7位のペース 通算192試合目での100勝は39年スタルヒン(巨)の165試合を筆頭に歴代7位のスピード到達。ドラフト制以降の投手では06年松坂(西)、上原(巨)の各191試合目に次ぐ3位の早さ。

 ☆驚異の高勝率 100勝に対し敗戦は47しかなく通算勝率は.680。通算100勝以上の投手では藤本英雄(巨=.697)、大友工司(近鉄=.695)に次ぐ歴代3位の高勝率だ。

 ☆平成生まれで初 菅野の誕生日は平成元年(89年)10月11日。平成生まれの投手では西勇(神=平成2年)の92勝を上回る最多勝利で、初の100勝到達を果たした。

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