谷繁 ノムさんに並んだ!「誇り」プロ野球最多3017試合出場

[ 2015年7月26日 08:00 ]

<ヤ・中>7回1死三塁、代打・武内の一ゴロでホームを突く代走・三輪にタッチする谷繁

セ・リーグ 中日5-6ヤクルト

(7月25日 神宮)
 マスクを27年間かぶり続けてきた希代の名捕手が、頂点に上り詰めた。中日の谷繁元信兼任監督(44)が25日のヤクルト戦で7回の守備から交代出場し、89年デビューから通算3017試合出場を達成。野村克也が南海、ロッテ、西武で54~80年につくったプロ野球史上最多出場記録に並んだ。頑強な肉体と熟練の技術を武器に、打ち立てた金字塔。26日にも新記録を樹立する。

 一歩一歩を踏みしめながら、定位置の扇の要へと足を運んだ。5―6の7回、いつも通り他のナインと向き合い、マスクをかぶって腰を落とした。ケガに負けず、ライバルにも譲らず、積み重ねた3017試合目。不滅とも思われていた野村克也の記録に並び、球界のトップに立った。

 「正直、実感はない。数字よりもきょうの試合に負けたことの方が大きい。個人的には3017試合にたどり着けたのは誇りに思います」。負けず嫌いの上に兼任監督の立場。黒星での達成に笑顔はなくても、決して色あせない偉業だ。

 鋼の肉体なくしては届かなかった金字塔だ。故郷の広島県東城町(現庄原市)は山に囲まれ、清らかな川が流れる自然豊かな山村。谷繁少年は、父・一夫さんに狩りや釣りによく連れていかれた。キジを追い込むため、狩猟犬の代わりに走り回ったり、川で流れに逆らって泳いだり。冬には、雪山にソリを走らせた。

 「今、思うとよくあんなところに15年間もいたなと。でも地元の環境が体をつくってくれたし、さらに強くしてくれたんじゃないかなと思う」

 プロ入り後は、当時の横浜の主砲・ローズの助言もあって96年オフから開始した本格的なウエートトレーニングの効果が大きかった。「試合の日でも3連戦で2日は午前中にトレーニング。試合のない日もやる。それを3年間続けた」。よりケガに強い体に変貌した。

 捕手としての卓越した技術も、ケガが少ない要因だ。視野が広く、キャッチングもうまいため、次のプレーへの備えが抜群に早い。クロスプレーでは、危険と見るやわざと吹っ飛ばされ、衝撃を逃しながらタッチする。まさにプロの技だ。

 誰にもポジションを奪われたくない。出たからには勝ちたい。強じんな体と負けん気でここまで来た。「単純に100試合を30年続けないと届かない。想像できない、凄い数字。ただ、監督兼任になってから、無駄な試合は一つもなかったと強く思うようになった」。一昨年、2000安打を達成した神宮球場で並んだ大記録。新たな「不滅」へ、道は続く。捕手・谷繁の力がまだまだ必要なことは監督・谷繁が一番分かっている。 (山添 晴治) 

 ◆谷繁 元信(たにしげ・もとのぶ)1970年(昭45)12月21日、広島県生まれの44歳。江の川(現石見智翠館)から88年ドラフト1位で大洋(のちの横浜、現DeNA)に入団。98年には横浜の38年ぶりの日本一に貢献し、ベストナインに輝いた。FAで02年に中日へ移籍し、4度のリーグ制覇を支えた。13年5月に通算2000安打達成。14年から捕手兼任監督を務める。1メートル76、81キロ、右投げ右打ち。

 ≪8カ月早い到達≫中日の谷繁元信監督兼任捕手(44)は25日、ヤクルト15回戦(神宮)に7回から捕手として途中出場。通算出場試合数を3017とし、野村克也(西)と並ぶプロ野球最多出場記録を達成した。谷繁は現在44歳7カ月で、野村の現役最終試合時の45歳3カ月より8カ月早い到達となった。なお、初出場は大洋時代の89年4月11日広島1回戦(横浜)。

 ≪現役2位は38歳新井(広)≫谷繁は捕手として2960試合に出場。野村の2921試合を既に超え、プロ野球記録を更新中。史上初の捕手3000試合出場にあと40試合に迫っている。また、現役で谷繁に次ぐ通算出場試合数は現在38歳の新井(広)で2036試合。仮に新井が今後全試合(シーズン143試合)に出続けても谷繁に並ぶのは45歳シーズン。当分谷繁を超える選手は生まれそうにない。

 ≪各界の最多出場記録≫

 ☆プロ野球投手 米田哲也の949試合登板。56~77年に阪急、阪神、近鉄で記録。驚異的スタミナから「ガソリンタンク」の異名を取った。

 ☆メジャーリーグ ピート・ローズ(レッズなど)の3562試合。イチロー(マーリンズ)は日米通算3247試合(日951、米2296)でメジャー歴代4位に相当。ヤンキース時代の昨年4月、3017試合に達した際は「出ているだけでカウントされるものに僕は価値を見いだせない」とコメント。

 ☆甲子園大会 龍谷大平安(京都)の72回出場(春39、夏33)。

 ☆サッカーJ1 楢崎正剛(名古屋GK)の591試合。横浜F時代の95年に初出場。

 ☆大相撲 元小結・大潮の1891番(964勝)。62年1月場所初土俵で、引退は40歳だった88年1月場所。

 ☆中央競馬 武豊の1万9227回(3740勝)。87年デビュー。

 ☆競輪 黄金井光良の4498回(823勝)。00年、66歳で引退。

 ☆ボート 加藤峻二の1万4652走(3294勝)。今年5月、73歳で引退。

 ☆将棋 加藤一二三九段の2463対局(1320勝)。

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