ノムさん 谷繁にぼやきエール「休みすぎ 俺はずっと出ていた」

[ 2015年7月26日 09:10 ]

1980年、引退セレモニーであいさつする野村
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セ・リーグ 中日5-6ヤクルト

(7月25日 神宮)
 引退から35年目を迎えた野村克也氏(80)は「俺の記録にそんなに価値はない。プロで長くやっていたという証明になるくらいだ」と、球史に輝いてきた金字塔を独特の“野村節”で振り返った。

 1954年、テスト生として南海(現ソフトバンク)に入団。ブルペン捕手扱いからはい上がり、80年に西武で現役引退するまで3017試合に出場した。捕手は激務とされるが、「二塁に(送球が)届く間はできる。年齢と経験を積めば味が出るポジション」というのが持論だ。

 選手兼任監督としても谷繁の“大先輩”。南海で8年間も正捕手と指揮官を掛け持ちした。ただ、昔より野球が複雑化している点を懸念。「俺らの時代ならまだできたけど、兼任なんて今じゃ手が回らない。優秀な助監督が絶対に必要」と指摘する。一方で、今季は出場を抑える谷繁に少し不満げな様子。「休みすぎ。俺はずっと出ていた。プレーイングマネジャーと言うからには試合に出続けないと」とぼやきながらエールを送った。

 「これからも(記録を更新する選手が)出てくるんじゃないの。今の野球選手は幸せだ。食生活、環境に恵まれている」。今度は谷繁を追う選手の台頭に期待している。

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