NHK「1オクターブ上の音楽会」 番組から感じる物づくりの原点

[ 2022年9月8日 07:50 ]

「1オクターブ上の音楽会」で「スナッキーで踊ろう」を歌った海道はじめ、踊った吉沢京子(C)NHK
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 【牧 元一の孤人焦点】衝撃的だった。こんな歌が存在したのか…。海道はじめ「スナッキーで踊ろう」。演歌の巨匠・船村徹さんが1960年代の後半、ロックに挑戦した楽曲だというが、あまりに破天荒だ。この曲を取り上げたNHK「1オクターブ上の音楽会」第1回(今月3日放送)が面白かった。

 制作統括の相部任宏氏は番組の企画理由について「元々、大学時代、日本流行歌の歴史を研究していて、かつて歌謡曲が持っていた多様性にアカデミックな関心があった。以前、『天然素材NHK』という、NHKアーカイブスに眠る異色番組のアンソロジーを作った際、『スナッキーで踊ろう』誕生秘話を追跡した番組があることを知った。なぜ多様性のある音楽世界が生まれたのか?製作背景、時代背景、作者の意図を徹底的に取材して掘り下げ、歌唱したご本人にステージを再現してもらう、ハイブリッドな音楽教養ステージ番組ができないかと考えた」と説明する。

 番組は30分。主宰者として俳優の竹中直人が演じる「大富豪クターブ・イチオ」が登場し、番組の趣旨を説明。楽曲の関係者や専門家の証言や分析などのドキュメンタリー部分に続き、その楽曲を歌った本人が登場して本格的なステージで歌唱する。

 3日放送の第1回では「スナッキーで踊ろう」(1986年)のほか、金沢明子「イエロー・サブマリン音頭」(1982年)も取り上げられた。

 相部氏は選曲基準について「唯一無二のインパクトを持つこと。マーケティング全盛の現代では生まれにくくなっている『ありえない曲』、かつて日本歌謡界に存在した多様性を体現していると言えること。その誕生の理由を真剣に考えたくなる不思議な魅力を持っていること。実際に掘れば掘るほど驚きや発見、知的好奇心をくすぐる誕生秘話に満ちていること。さらに、オリジナルの歌い手に歌っていただき、その人が今、その場所に立って歌うこと自体が無条件に尊いと思える曲」と話す。

 10日午後11時30分から放送される第2回では、藤波辰巳「マッチョ・ドラゴン」(1985年)と麻里圭子「かえせ!太陽を」(1971年、映画「ゴジラ対ヘドラ」主題歌)が取り上げられる。

 相部氏は「海道さん、金沢さんを除くと現在は普段ステージで歌唱する機会がほとんどない方たちだった。とりわけ藤波さんは楽曲発表時の経緯もあり、当初は大変悩まれていたが、ご長男のLEONAさん(プロレスラー)の後押しや、今年がデビュー50周年の節目ということもあり『ファンへの感謝のしるし』としてご快諾に至った」と明かす。

 番組の特筆すべき点は、本格的なドキュメンタリーとエンターテインメントが融合していることだ。それぞれの楽曲で、NHKの取材力が生かされた前半部分と同局の音楽番組制作力が生かされた後半部分を楽しむことができる。

 相部氏は「NHKにはさまざまな番組があるが、歌は歌、歴史は歴史、科学は科学、ドラマはドラマとジャンルごとにスキルが細分化しているところもある。とりわけ、今回ハイブリッドを試みた音楽+歴史+ドキュメンタリーというのは、NHKの得意な部分を横断した、極めて可能性のあるトライアルだったと思う。音楽の部分は、異例のことだが、『紅白歌合戦』や『SONGS』に関わってきた、音楽演出にたけた第一線のディレクターに企画段階から全面的に参加してもらった」と話す。

 何より面白く感じるのは、ドキュメンタリーの充実によりエンターテインメントに強いドラマ性が生じているところだ。例えば、プロレスラーの藤波が、発表当時は一般的評価として順風とは言いがたかった「マッチョ・ドラゴン」を、37年ぶりに歌い上げ、最後に満足げな笑みを浮かべる様子は、壮大な逆転劇を見るかのようだ。

 相部氏は「その人が何十年の歳月を経て、そこに立って、その曲を歌うことを大事にしたかった。出演していただいたみなさんの楽しさと緊張が同居する最高の収録になった」と振り返る。

 この番組でインパクトの強い楽曲の数々に触れると、物づくりの原点がここにあるのではないかという思いも抱く。

 相部氏は「私も作り手だから、とても勉強になった。クリエーターが『これだ!』と確信したことを実行するのは創造の原点なのではないか。『1オクターブ上』の楽曲を聴いていただくことは、多様性を取り戻すヒントにもなるし、勇気のもとにもなると思う」と話す。

 これまでに例を見ない、この番組自体が「1オクターブ上」とも言える。番組は同局の「レギュラー番組への道」シリーズの1つだけに、後続の制作に期待する。

 ◆牧 元一(まき・もとかず) 編集局総合コンテンツ部専門委員。テレビやラジオ、映画、音楽などを担当。

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