「デューク・エイセス」吉田一彦さん死去 美声グループ支えた84歳“カイチョー”

[ 2020年2月21日 05:30 ]

4人組コーラスグループ「デューク・エイセス」。(左から)大須賀ひでき、吉田一彦さん、谷道夫、槇野義孝
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 4人組男声コーラスグループ「デューク・エイセス」で、1957年から2015年まで活躍した吉田一彦(よしだ・かずひこ)さんが9日午前9時18分、肺炎のため東京都渋谷区の病院で亡くなった。84歳。大阪府出身。葬儀・告別式は近親者で執り行った。喪主は妻己矢子(みやこ)さん(84)。お別れの会は未定。

 己矢子さんによると、吉田さんは昨年末に体の痛みを訴えて診察を受けた。痛みが引かず年が明けた先月7日に別の病院を受診したところ、10年前に患った多発性骨髄腫の再発が判明し、入院した。

 無菌室で加療し回復に向かっていたが、今月に入り肺炎を発症。8日間の闘病の末、亡くなった。肺炎発症の日、病床で己矢子さんに「パパ頑張るからね」と話したのが最後の言葉だった。故人の意向で、遺体は一度、都内の自宅に安置された後、今月12日に荼毘(だび)に付された。

 入院の直前まで、頻繁に買い物に出かけるなど元気な様子で、昨年のクリスマスイブには夫婦水入らずでディナーに舌鼓を打っていたという。最後まで歌手復帰を目指しており「いつかはデューク・エイセスと歌いたい」と話していた。

 吉田さんはトップテナーとして加入し、のちにセカンドテナーに転向。「カイチョー」の愛称で親しまれた。グループは「いい湯だな」「女ひとり」などのヒット曲を生み「NHK紅白歌合戦」には62年の初出場以来10回出場。色気と味のある歌声でグループを支えた。

 15年に脳梗塞のため脱退して以後、他のメンバーとは顔を合わせる機会がなかったという。葬儀の1週間後、遺族から連絡を受けたリーダー谷道夫(85)が弔問し遺影と対面。谷は「脱退後すぐ若いメンバーを入れて傷つけてしまったのでは」と涙を流していたという。

 ◆吉田 一彦(よしだ・かずひこ)1936年(昭11)1月25日生まれ、大阪府出身。57年に2代目トップテナーとしてデューク・エイセスに加入。グループきっての二枚目として知られ、05年以降はソロ歌手としての活動も行った。

 《62年間活動 17年に解散》▼デューク・エイセス 55年に結成。ダークダックス、ボニージャックスと並ぶ日本3大コーラスグループと称された。何度かのメンバー交代を経て、17年いっぱいで解散。62年の活動に幕を下ろした。90年には在籍中だった谷口安正さんが脳出血で急逝し、後任の飯野知彦さんも09年に胃がんで死去。14年には初代リーダーの和田昭治さんが亡くなった。

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