【内田雅也の追球】「時間」を取り戻したい タイミングを狂わされた阪神 1球に泣いた西勇は“敢闘”

[ 2021年7月12日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神0-1巨人 ( 2021年7月11日    甲子園 )

<神・巨>6回1死、近本は内角球を避けて倒れ込む。投手高橋(撮影・北條 貴史)
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 V9時代の巨人ではツーナッシング、今の書き方なら0ボール―2ストライクから安打されると罰金を取られた。だから必ず1球は外した。

 「そうとも限らん」と阪神監督時代、野村克也は話していた。3球勝負でもよしとしていた。

 ただし<重大なピンチ>は別だ。野村も著書『野球論集成』(徳間書店)に<最低でも5球を費やす慎重さと細心さが求められる>と書き遺(のこ)した。<ストライクゾーンを内外角に15センチずつ広げ「誘う」「焦らす」「ずらす」>と焦りを禁じている。15センチはボール2個分だ。

 ならば、阪神・西勇輝が大城卓三に浴びた安打は高価な失投だった。0―0の8回表1死三塁。0―2から外角低め変化球(スライダーだろうか)を合わされ、三遊間をゴロが抜けていった。

 捕手・梅野隆太郎が構えたミットからは15センチほど内側の球だった。ボール2個分の慎重さを心得ていたわけだ。指先の狂いは人間らしい。

 罰金徴収などとんでもない。誰も西勇を責める者はいないだろう。失点後、9回も3人で切り、最後の反撃に期待していた。ダジャレで敢闘精神あふれる完投だった、と書いておきたい。

 やはり、問題は1安打に沈黙した打線だ。巨人・高橋優貴にやられた。

 大リーグ左腕投手で歴代最多363勝をあげたウォーレン・スパーン(ブレーブスなど)に「バッティングはタイミングだ。ピッチングはタイミングを狂わせることだ」の名言がある。つまり、18メートル44のバッテリー間の「時間」を支配した者が勝者となる。

 高橋の投球には緩急差があり、タイミングが取りづらかった。2回裏、好打者の梅野がスクリューボールを空振りして追い込まれ、内角直球にいわゆる「着払い」の空振りで三振していた。

 また115キロほどの同じ球速でスライダーとスクリューが来る。たとえば6回裏の近本光司は内角スクリューに対し、逃げていくスライダーのように踏み込んでいき、のけぞった。

 見た目以上に難敵で今季これで4戦4敗。苦手や天敵をつくっていては今後の優勝争いにも響いてくる。

 星野仙一は自身が中学生時代に聴いた坂本九の『ステキなタイミング』(1960年発表)の歌詞を引用して「野球もまったくその通り」と話していた。<この世で一番かんじんなのは ステキなタイミング>である。

 ならば、今の阪神は竹内まりやのデビューシングル『戻っておいで・私の時間』(1978年)である。自分のタイミングという「時間」を取り戻す工夫が必要だろう。 =敬称略= (編集委員)

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