大谷、73年の時を超えて証明 “伝説”160メートル弾は、どうやら本当のようだ――

[ 2019年8月30日 09:30 ]

Monthly Shohei

ローン・レッド・シートから見たフェンウェイ・パーク(撮影・奥田 秀樹通信員)
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 エンゼルス・大谷翔平投手(25)がフリー打撃で放った特大アーチが、伝説をよみがえらせた。8月9日のレッドソックス戦前に敵地フェンウェイ・パークで推定飛距離502フィート(約153メートル)の一撃。1946年にテッド・ウィリアムズが放った同球場の最長本塁打を記念して唯一、赤く染められた着弾点の席付近に落ちた。70年以上、誰もそこまで飛ばせず真偽が疑われていた歴史の真実を証明。その経緯を追った。(大谷取材班)

 今月8日にフェンウェイ・パークで初めてプレーした大谷は翌9日、フリー打撃で豪快な打棒を発揮した。左翼の名物フェンス「グリーンモンスター」越えの一発に続き、この日一番の当たりは右中間へ。緑一色の席の中で、赤く目立つ「ローン・レッド・シート」より中堅寄り、5列前の通路で弾んだ。

 本人にとってもエ軍関係者にとっても、大谷の練習での150メートル級のアーチは、日常の出来事といえる。だが、敵地ボストンの関係者は違った。

 「その瞬間ぼう然となった。私にとってはビッグフットに遭遇したようなものだった」

 ボストン・グローブ紙のアレックス・スピアー記者は明かす。ビッグフットとは米国の民間伝承上の未確認生物。スピアー記者は大谷のフリー打撃を一目見ようとスタンドに移動し、スマートフォンで動画を撮影し始めた。「空き容量が少なく、余計なものは全て削除した」。特大弾の撮影にも成功。ツイッターで公開すると、瞬く間に大反響を呼び起こした。

 セクション42、37列、席番21。1946年6月9日に「最後の4割打者」ウィリアムズの打球が着弾した地点で、距離502フィート。後にその席だけ赤く塗られた。1912年に開場し、メジャー最古の歴史を誇るフェンウェイ・パークの名物であり伝説でもあった。

 球団の最新の分析では飛距離約160メートル以上と推定されるウィリアムズの本塁打。しかし近年、レ軍が誇る左のスラッガーであるデービッド・オルティス、モー・ボーンの2人が「あそこまで飛ばすのは不可能」と異論を唱えていた。

 「私はオルティスとこの件について何度も話した。彼ははっきり否定した」とスピアー記者。オルティスの最長不倒は右翼席上部の永久欠番1の看板に当てたもので「あの“1”だって相当遠いし、他の打者があの近くに打ったことさえ見たことない。その“1”からレッドシートまではさらに遠い。不可能だ」と本人が証言した。実際試合はもちろん、打撃練習でもレッドシートのそばに打ち込む打者はいなかった。

 46年6月10日付の地元紙は1面で伝説の一打を報じている。打球で穴の開いた帽子とともに。当初450フィート(約137メートル)とされたが、ボールが当たったジョセフ・バウチャーさんの席から考証し502フィートに改められた。だが時代は流れ伝説も風化していた。

 2015年にスピアー記者は紙面であの502フィートについて検証。当日に強風が吹いていたことは分かっている。物理学のイリノイ大のアラン・ネーサン名誉教授に依頼したところ、風速9・4メートルと仮定すると打球速度115マイル(約185キロ)、角度30度で届くと算出された。無風なら440フィート(約134メートル)だったという。

 同球場は80年代にバックネット裏を増築。以降は強い風がせき止められ、右翼へ強風が吹かない構造となっている。スピアー記者は伝説の本塁打は「当時の球場での風の流れならあり得たこと」と結論付けていた。

 その検証から4年、ウィリアムズの一撃からは73年。スピアー記者はついにその打球を目撃した。風の力も借りない、リアルな放物線。「みんな興奮していた。誰もこの球場で、あそこまで飛ぶ打球を見たことがなかったからね。旗を見ていたが、風は普通だった」。伝説は真実だった。長年の疑念は晴れた。

 世論を大きく動かした張本人は、伝説を知るよしもない。「そうなんですか?へえ」と首をかしげ、ピンとはきていない様子だった。ただ、普段から大谷の打撃を見ているブラッド・オースマス監督は言い切る。「打とうと思えば、翔平なら打てるだろう」――。

 《分析家も「彼は例外」》スピアー記者の依頼を受け、レッドソックスの分析アナリストのグレグ・ライバーチェック氏が大谷の一打を分析した。着弾点までの距離は486フィート(約148メートル)。スタンドの高さを除き、水平な地面に落ちたと想定した推定飛距離は502~504フィート(約153~154メートル)という。ウィリアムズの本塁打は着弾点まで502フィートで推定飛距離は527~530フィート(約160~162メートル)になる。

 同氏はスポーツ専門局ESPN電子版で「ホームラン・トラッカー」という本塁打の分析を行っていた。昨年5月、大谷が高地デンバーにありボールが飛ぶクアーズ・フィールドでの打撃練習で右中間3階席へ特大弾を放った際にも、別の記者から分析を依頼された。その際は推定飛距離517フィート(約158メートル)。「私はこれからもレッド・シートに打ち込める打者は出ないと思っているが、彼だけは例外」と話した。

 《15年以降でも3本だけ 500フィート弾 極めてまれ》大リーグでは計測システム「スタットキャスト」が導入された15年以降は、全本塁打の打球速度と角度を基に推定飛距離を算出している。最長はストーリー(ロッキーズ・18年9月5日)とマザラ(レンジャーズ・19年6月21日)の2人が放った505フィート(約154メートル)。スタントン(ヤンキース・16年8月6日)の504フィート(約154メートル)が続き、500フィート超えはこの3本だけ。なお計308発が飛び交った今年の本塁打競争での最長は、ゲレロ(ブルージェイズ)の488フィート(約149メートル)だった。

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