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【コラム】海外通信員

アルゼンチン・ユース衰退の理由

[ 2013年1月27日 06:00 ]

 今、アルゼンチン北部の2都市でU-20南米選手権が開催されている。同大会はU-20ワールドカップの予選も兼ねており、アルゼンチンがホスト国となるのは99年以来7大会ぶりのこと。だが、開催国の代表はグループリーグであっさりと敗退してしまった。つまり、アルゼンチンは今年トルコで開かれるU-20ワールドカップに参戦しないということだ。

 このニュースに、日本のサッカーファンの皆さんは、さぞ驚かれただろう。アルゼンチンのユース代表といえば、95年から07年までの12年間に、U-20南米選手権で3回、U-20ワールドカップで5回も優勝しており、文句なしに世界のトップに君臨していた。そしてそれらのチームからは、ソリン、リケルメ、アイマール、サムエル、カンビアッソ、サビオラ、テベス、マスチェラーノ、サバレタ、メッシ、アグエロといった、後に欧州の主要リーグで活躍するスター選手たちが台頭し、A代表の主軸となってきた。

 そんなアルゼンチンのユース代表が、08年北京五輪での金メダルを最後に、めっきりと威力を失ってしまったのだ。事情がわからなければ、一体何が起きたのかと不思議に思うだろう。

 だが実際、その理由を説明し、理解してもらうのは至って容易なことだ。

 アルゼンチンサッカー協会(AFA)では94年から、育成のエキスパートであるホセ・ペケルマンとその指導者チームにユース代表部門を任せていた。ペケルマン本人が指導の現場から去ったあとも、同チームのスタッフによって発掘、育成、指導は続行されたが、07年のU-20ワールドカップで優勝を遂げたあと、それまで監督を務めていたウーゴ・トカーリを解雇したことによって、事実上「ペケルマンチーム」と完全に縁を切った形となった。

 そして、アルゼンチンサッカーの宝であったユース代表部門の指揮は、ペケルマンチームのスタッフから「86年ワールドカップ優勝メンバー」にバトンタッチされた。AFAのフリオ・グロンドーナ会長の息子であり、代表チーム強化ディレクターを務めるウンベルト・グロンドーナによると、これは「86年優勝メンバーを黙らせるため」だったという。ワールドカップ優勝という偉業を成し遂げたにもかかわらず、それまでAFAから納得の行く「見返り」を貰っていなかったと不平を洩らし続けていた元選手たちに、ご褒美として重要な役職を任せることになったわけだ。

 では、この86年組に育成の実績があったのかというと、答えは「NO」である。

 ペケルマンの場合は、過去の豊富な経験から、育成に必要な人材を揃え、ひとつのチームを結成していた。2001年にアルゼンチンでU-20ワールドカップが開催された時には、大会の1年前からチーム作りを始め、選手ひとりひとりのフィジカルとメンタルをケアし、その結果が優勝に結びついた。当時のスタッフからチーム作りの逸話を聞くのは非常に興味深く、育成という大仕事に必要な時間や知識、感覚について考えさせられ、素人には到底無理であることがわかる。

 そんなことは、AFAの幹部も十分知っていたはずなのだ。それなのに、国内には他にもいる「育成のエキスパート」と呼ばれる人たちを無視し、実績のない元選手たちにユース代表を任せたのである。その結果、ディフェンディング・チャンピオンでありながらロンドン五輪への出場権を得られず、U-20ワールドカップでは09年大会に続き、今年も不参加という失態を演じることになってしまった。

 AFAの代表チーム部顧問を務めるヘルマン・レルチェ氏は、ユース失墜の原因について「メッシとアグエロの出現によって選手不足という深刻な現状が隠されてしまった」と話しているが、これは事実ではない。メッシとアグエロのような才能に浮かれて、育成を甘く見たのはAFAの幹部だけだ。AFAには全国規模で人材の発掘、指導者の指導に当たっているスタッフがいるが、彼らの地道な仕事が軽視・無視されたことに大きな原因が隠されている。そして、メキシコやコロンビアといった国が、メッシ級の選手なしでもユース部門で実力をつけてきている事実を見ても、アルゼンチンほど指導のキャリアを持った国が人材不足を言い訳にしている場合ではない。

 2年前、「育成の父」と呼ばれる人に取材をした際、アルゼンチンのユース代表の現状を嘆いていたために「あなたが次期指導者として立候補したらどうか」と聞いたことがある。その時の彼の返事は次のようなものだった。

 「AFAの人たちは私のことも私のキャリアもよく知っている。だが一度も声をかけられたことはない。たったの一度も、ね」

 これ以上手遅れにならないためにも、AFAが一度失った指針を一刻も早く元に戻してくれるよう、祈るばかりである。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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