【コラム】海外通信員

ブラジルサッカーの新年はヴィニッシウスも活躍した新人の登竜門大会から始まる

[ 2019年1月15日 20:45 ]

 新年が始まり、ブラジルは2019年シーズンが始まるところだ。と同時に、欧州の移籍マーケット中で、ブラジルから才能を開花させた若者が欧州のビッグクラブに引き抜かれていく。

 昨年は、レアル・マドリッドにフラメンゴからヴィニッシウスが移籍した。ヴィニッシウスの場合は、レアルの青田買いで2年前にすでに保有権を4500万ユーロで権利を買い、フラメンゴでプレーさせ経験を積んでから満を持してのレアルデビューというものだった。16歳からトップチームでやってきたヴィニッシウスにとって、育成見込みの欧州移籍ではなくベテランと同等で即座に一軍入りし、活躍をしている。

 さて、今シーズンの移籍の目玉は、同じくフラメンゴの21歳MFルーカス・パケタだ。ちなみにパケタはニックネームで、出身地であるリオのグワナバラ湾内に浮かぶパケタ島から来ている。ACミランはパケタ獲得に3500万ユーロをかけ、カカーを彷彿させる攻撃的MFの加入は、名門クラブの起死回生となるか大きな期待がかけられている。

 この二人に共通するのは、毎年1月、シーズン開始と共に行われる新人選手の登竜門コッパ・サンパウロ・デ・ジュ二オーレス、通称コッピーニャである。サンパウロ州サッカー協会が主催するU20カップである。この大会で二人は大活躍をした。この大会は1969年から始まった若手選手の登竜門としての位置付けがあり、参加クラブは増加し、今年は実に128チームがしのぎを削っている。

 ビッグクラブがタイトルを取ることが多いとはいえ、サンパウロ州内の中小クラブ、地方のクラブから参加して活躍が認められビッグクラブに移籍を果たす選手も現れる。コッピーニャはブラジルサッカー連盟ではなくサンパウロ州サッカー協会が主催していることかブラジルサッカーの歴史が各州レベルから発展して行ったことがブラジルサッカーが州レベルから発展した証である。サンパウロ州協会の副会長であり若手選手の活性化推進担当を務める元ブラジル代表で94W杯優勝メンバーのマウロ・シルバはこの大会のさらなる発展に尽力している。毎年、このコッピーニャから新たな才能が発掘されるのだ。

 ブラジルでは、その昔はプロチームを持つ強豪クラブでさえも14歳からしか下部組織を持っていなかったが、今はU10から選手を抱えるのが普通になった。現在は、"少しでも早く才能がありそうな子たちを手の内に入れておきたい。ライバルクラブに取られたくない。少しでも早くクラブへの愛情に目覚めさせたい。"と、若年齢からクラブに所属させる。そうやって育っていく選手は多いし、ヴィニシウスもパケタもフラメンゴの下部組織育ちだ。低年齢からの戦術指導も段階を追ってされ、ピッチ以外での素行の悪い選手はクビを言い渡され、きちんとした選手の育成がなされている。

 しかし、一方でその昔いたようバルゼア育ち(草サッカー)の型破りで想像を超える、ユニークな選手の出現は少なくなっている。だから、クラブは下部組織育ちだけでなく、常に新たな才能を探し続ける。下部組織でどれほど期待されて、その世代で結果を出しても、トップチームに上がって活躍できるケースは極めて少ないのが事実だ。地方の小さなクラブから様々なキャリアを経てビッグクラブにたどり着く選手もいる。ガブリエル・ジェズスは、今時にしては遅目にビッグクラブの下部組織に入ったケースだ。しかし、パルメイラスに入団してあれよあれよという間にユースから一気にトップチームに引き上げられ、代表、欧州移籍というスターダムに上り詰めた。ユース世代でプロチームを持っていないアマクラブでプレーする選手もたくさんいる。

 彼らにはかすかな希望があるのだ。ブラジルには、全国各地にオリェイロと呼ばれるスカウトマンが、才能ある選手を見つけては、強豪クラブ、中堅に送り込む。そして、選手は少しでもプロとして成功するきっかけを求めて、中小クラブ様々なチャンスを求めて全国を移動する。どんな小さなチャンスでもそこに人生を賭けるのだ。稀に遅咲きで才能を開花させる選手が現れることもある。チャンスは20歳すぎてもあるのだ。

 日本では小学生の時は、少年団やクラブチームがあり、サッカー人口が多い。ただ、中学まで部活やクラブで一生懸命サッカーをやっても、高校では受け皿が一気に減る現状がある。サッカーが大好きで続けたくとも、高校世代は、家庭の事情や、学力、地理関係、その後の進学希望で通える高校のサッカー部が強いとは限らないし、サッカーを続けたくともサッカー強豪校以外の選択をする子もたくさんいる。

 また、高校の部活に入ったが、事情があり辞めることになってもサッカーを続けたい子たちもいる。ユースの段階でせっかく今まで本気でやってきたサッカーを完全に諦めるのにはまだ早い。しかし、部活とJの下部組織以外でサッカーを続けたい子たちのための受け皿は決して多くはない。Jクラブの下部組織がない地域、そこまで通えない、入れなかった子たちももいる。

 15歳過ぎてからのU17が育成の仕上げに入る大事なところだ。身長がここから伸びる子もいる。フィジカルトレーニングを強化しても良い年齢になり身体も強くなる。インテリジェンス、戦術理解だって伸び代はまだまだあるはずだ。

 下部組織と部活から外れたサッカー少年がブラジルにサッカー修行しに来ることがある。はっきり言ってブラジルではもっと厳しい道だ。それでも希望を捨てずに頑張る子もいる。ブラジル生活2年余を経てサンパウロ州U20大会でジュヴェントスのSBとして公式戦デビューを果たした横浜出身の根上順太くんだ。彼の所属するクラブは、超一流ではないが、ポルトガル帰りのプロ経験者もいる本気の集団だ。とはいえ、選手たちは明日をも知れぬ厳しい環境で、大会で負ければ解散になり、食べていけずにサッカー以外の道を選択せざるをえないこともあれば、しがみついてでもプロとしての道を探って、ブラジル国内を行脚するものもいる。ただ、ブラジルにはまだまだサッカーで夢を持ち続ける若者がたくさんいる。小さなクラブでもいいからと、サッカーを諦めない。その中から、チャンスを掴む者も出てくるし、クラブにとっては選手がその後活躍し、海外移籍をした場合、FIFA規定の育成クラブへの連帯貢献金や補償金を手に入れることができるかもしれない。それが、ブラジルが選手を輩出し続ける所以の一つなのだと思う。

 日本でも部活と下部組織以外のクラブチームでプレーする形が増えてきているのだろうか。今回、故郷の岐阜で練習を見せていただいたメジェール岐阜瑞穂には珍しいことにユースチームがあり、いろいろな高校に通っている生徒たちがいる。

 メジェール代表の岡さんは、18年前に小学校1年のチーム4人からスタートし、少しずつカテゴリーを増やして3年前にユースチームを作った。

 「じゃじゃ馬のようにどんな相手にも臆することなく勇猛果敢にプレーしてほしい」というコンセプトを掲げてU6のキッズクラスからユースまで選手を育て、昨年はついにU12チームが全日本U12サッカー選手権大会の岐阜代表になるまでになったと言う。

 今、大学3年生になったサッカー大好き小僧が、6年前の中学3年の頃、高校進学して部活以外でユース世代のクラブチームの受け皿がないと困っていたことを思い出す。メジェールユースの子たちは学校の授業を終えて、練習場に集まり、夜遅くまでボールを蹴っている。決して人数が多いわけではない、レベルもいろいろだ。それでも、中にはドリブルの突破力、フィニッシュへの積極性のあるレベルの高い子もいる。

 岡さんは「町クラブのユースチームは難しいですよ。」と言いながらも、一人ひとりの子供達と向き合っている。指導者の数不足、練習場の確保、いろいろな困難がおありだろうが、少しでも彼らにサッカーができる場を作って、自ら考えさせるように指導する。「自分のやりたいことはこれだ」と人生を賭けてクラブ運営をしている信念の人だ。ユースでサッカーを諦めずに済んだ子たちは、今すぐ目に見える結果だけでなく、その後の人生において色々な形で日本のサッカーを支える大事な力になっていくだろう。

 才能の出現は方程式ではない。このようなユースチームがたくさん増えて、部活でも下部組織でもないクラブチームでプレーしている選手たちが引き上げられるチャンスが生まれたら、日本サッカーの多様性と創造性豊かな選手の発掘に繋がるのではないだろうか。(大野美夏=サンパウロ通信員)

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