【コラム】海外通信員

W杯後のパリに女子サッカーブーム! 「全ての女の子が15キロ以内の町クラブ」へ

[ 2019年9月26日 06:00 ]

 美しい黒人スチュワーデスが、可愛い白人の女の子に機内サービスをし、にっこり微笑んで「大きくなったら何になりたいの?」と聞く。すると女の子は、少しはにかんでから目を輝かせ、「火をつけるの!」と答える。スチュワーデスは首を傾げ、「え・・・放火魔ってこと?」と訝る。すると女の子は、「違うよー!フットボルーズだよ!」と笑顔を弾かせる。

 これはこの夏、女子サッカー・ワールドカップ(W杯)開催中に、何度もフランスのテレビに流れたキャンペーン映像だ。「フットボルーズ」は「フットボーラー」の女性形である。そしてこれが、どうやら本当になってきた。

 W杯明けの新学年が始まった9月(新年度は4月ではなく9月から)、パリ市内の町クラブ「ES16」の女子部門には、登録申し込みが殺到。これまで50人だった前育成段階(6歳~13歳)に早くも80人が申し込み、締め切り時には「もしかすると100人になるかもしれない」と担当者は嬉しい悲鳴をあげているのだ。

 同様の現象はシニア(年長者)段階にも起きている。パリ14区にある町クラブ「CAパリ」では、趣味としてサッカーをプレーするこの部門にも長蛇の列ができ、5チーム目をつくる羽目に。会長は「満員なので締め切るしかなかった」と驚き気味だ。

 パリが最も顕著だが、全国平均も前年比20%増になっている。

 フランス全土の女子サッカー登録人口は、2012年初夏の時点ではたった5万5000人にすぎなかった。ところが男子EUROが開催された2014年ごろからぐいぐい伸び始め、2016年初夏には10万の大台に到達。2018年に男子代表がロシアW杯で世界を制覇するやさらに増大し、女子W杯開催中の2019年6月30日には、18万4000人の女子が正式に連盟に登録してプレーするようになっていた。

 フランス連盟(FFF)のノエル・ルグラエット会長が設定した目標は、来たる2020年初夏に20万人を記録すること。ヨーロッパ最大人口を誇るドイツ(25万人)に追いつこうとしているところだ。

 悩みの種は、人数が急増しすぎて、ピッチやコーチの数がまだ追いつかない点。前述の「ES16」では、隣のクラブ「ESプティタンジュ」とピッチを半分ずつ分け合っているため、増えたチームごとに複数のトレーニングメニューを工夫し、20分交代でやりくりしているという。

 もっとも連盟も町クラブ任せにはしていない。1500万ユーロの予算のうち、すでに1200万ユーロが町クラブ援助のために投入された。そのお蔭で前述の「CAパリ」は、「シティ・スタッド」と呼ばれる小型トレーニング施設を建設、人口急増に対応している。

 そもそもフランス連盟は、女子サッカーが一過性の流行に終わらないよう、一年以上前から「W杯後」を準備してきた。「(女子サッカー)プロジェクトの呼びかけに応じたクラブは、特別財政援助を受けた。とりわけロッカールーム整備だが、それだけではなく、照明、ミニピッチ、クラブハウスなどの整備にも使われた」(FFF女子サッカー推進担当)という。また、プレー人口増に対応するためだけでなく、クラブに新世代の女性幹部が浮上できるためにも、「1620人の女性コーチを育成した」(同)そうである。

 全てがうまく回っているわけではなく、女子の申し込み増を受け、男子を減らして定員数を維持する町クラブも出現するなど、対応はまちまちの様子だ。またプロのトップリーグであるディヴィジョン・アン(D1)の試合に出向く観客数は急増しておらず、数万人が押し寄せたあのW杯時の熱狂は、少なくともスタジアムには見えなくなっている。

 そもそも町クラブに登録した女の子たちが着ているユニフォームも、「グリエーズマン」や「エムバペ」や「ポグバ」が多く、「ルナール」「アンリ」「ディアニ」といった女子代表スターの名はまだまだ少ないのが現状だ。

 だがフランスはいま、全土にはりめぐらされた町クラブ網という巨大な養殖池を土台に、着々と女子育成に邁進し始めている。女子部門を担当するブリジット・エンリク連盟副会長(女性)は、「女子を受け入れる町クラブは、2016年に5000クラブだったのにたいし、現在は8000クラブになっている」と語る。「フットボールをプレーしたいと思う全ての女の子が、自宅から15キロ以内でクラブに入れるようにする」。これが当面の目標だ。

 フランスの小学校は町が運営し、子どもたちはスポーツや文化の町クラブ(アソシエーションの形態をとり、町から種々の財政補助がある)に登録する仕組みである。しかも料金は親の所得に応じて決まる。「サッカーを売りにする私立高校や私立大学」の「ビジネスにもとづく育成」とは違い、お金に余裕がなくてもサッカーができるのが特徴だ。これがフランス育成システムの最強ポイントである。だからこそ男子代表も、次々と貧しい移民階層からタレントを輩出してきたし、いまも輩出し続けている。

 フランスの女子サッカーが男子のレベルまで届くかどうか、またアメリカ女子を凌げるかどうか・・・はまだわからない。紆余曲折があるだろうし、時間もかかるだろう。ただ本格スタートしたのは間違いない。元世界王者の日本も、どうやらウカウカしてはいられない。(結城麻里=パリ通信員)

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