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【コラム】海外通信員

ジダン マドリー上層部への不満 2月に腹を括っていたはず

[ 2021年6月4日 16:00 ]

ジネディーヌ・ジダン前レアル・マドリード監督
Photo By AP

 ジネディーヌ・ジダンが、レアル・マドリード監督としての2回目の冒険を終えた。1回目ではチャンピオンズリーグ(CL)三連覇とリーガ・エスパニョーラ優勝を果たし、今回は昨季のリーガ優勝のみと、少し寂しい結果で……。ただ今季も終盤までリーガとCLのタイトルを争うなど、彼の率いるチームが(少なくともメンタル的に)死を迎えたという感触は最後までなかった。

 驚きだったのは、ジダンが辞任後にスペインのスポーツ新聞『アス』で公開状を出し、そこでレアルのフロントに対する不満を表面したことだった。彼は公開状で、このように記したのだった。

 「今、私はここから去ることを決断した。その理由について君たちに説明したい。私は出ていくが、船から降りるわけではないし、指導することに疲れたわけでもない。2018年5月に私が去ったのは、それまでの2年半で多くの勝利と多くのタイトルを獲得した後、チームが一番高い場所に立ち続けるためには新しい考え方が必要と感じたからだった。そして、今はまた理由が異なる。私が出て行くのは、クラブが自分の必要としている信頼を与えてくれていないため、中長期プランで何かを構築するためのサポートをしてくれていないためだ。私はフットボールを理解しているし、マドリーのようなクラブの要求も理解している。何も勝てないときには、去らなければいけないことを分かっている。だが、ここではとても重要な一つのことが忘れられている。私が日々にわたって構築してきたことが忘れられている。私が選手たち、チームの周りで働く150人との関係構築によって寄与してきたことが。私は生来の勝者であり、ここにいたのはトロフィーを獲得するためだった。だが、そうしたことを越えて、ここには人間が、感情が、人生が存在している。私はそうしたことに価値が置かれず、偉大なクラブがどうダイナミズムを維持すべきかが理解されていないとの印象を持った。それだけでなく私は一つの明確な形でもって非難にさらされた」

 「私たちが全員で行ってきたことを尊重してほしい。ここ数カ月における私とクラブ、会長の関係性が、ほんの少しだけでもほかの監督のものと違っていたならばよかった。私は特権を求めていたわけではない。無論そうではなく、求めていたのは、もう少しの記憶なのだ。今日、ビッグクラブにおける監督の命は2シーズンで、それ以上はそこまで保たない。もっと長続きさせるためには、人間同士の関係性が根幹となる。それは金よりも、名声よりも、ありとあらゆるものより大切となる。それにこそ気を配らなければならないんだ。だからこそ敗戦をした後に、次の試合で勝たなければ私を追い出すとの考えをメデイアを通じて理解したときには、大きな痛みを覚えた。私とチーム全体を痛めつけた。そうしたメディアに漏洩するメッセージは、チームに対してネガティブに干渉することになり、疑いや誤解を生み出してしまった。私のことを全力で支持してくれる素晴らしい選手たちがいたことは不幸中の幸いだ。ひどい状況に陥ったとき、彼らが素晴らしい勝利を収めて私を救ってくれた。彼らは私のことを信じ、私が彼らを信じていたことも知ってくれていた。もちろん、自分は世界最高の監督ではない。しかし、選手やコーチングスタッフ、あらゆる従業員が取り組んでいるそれぞれの仕事において、彼らが必要としている力と信頼を与えることはできる。このマドリーでの20年にわたる歳月において、私は君たちファンが勝利を求めていることを学んだ。もちろん、それは当たり前のことだ。しかし何より、君たちは私たちがすべてを出し尽くすことを求めている。監督、スタッフ、従業員、そしてもちろん選手たちが。私は、私たちがクラブのために自分たちの100%を出し尽くしてきたと断言できる」

 以上、少し長いが、なかなか痛烈なメッセージである。彼にとって会長フロレンティーノ・ペレスが率いるクラブ理事会は、昨季にラ・リーガを制した功績を忘れ、現場の感情を理解しておらず、そして無作法にもメディアを通じて解任をほのめかし続けた、ということだった。

 考えてみれば、レアル周りのメディア、特にスペインの最大紙でもあるスポーツ新聞『マルカ』は、情報源の秘匿を順守しながらも、選手補強や今率いている監督の扱い方などクラブ理事会の意見をことあるごとに伝えてきた。そしてそれは、レアルを世界一要求が厳しいクラブとして成り立たせる要因にもなっている。例えば、スペイン国王杯で3部相当のアルコジャーノ相手に敗退した直後、1月22日付の『マルカ』を見てみよう。1面ではジダンが「続ける(現段階では)」との見出しを付けて、該当の記事では理事会の意見がこう紹介されている。

 「クラブの理事会では、今は監督に対して退団の扉を開くべきタイミングではないとの考えが維持されている。最終試験はシーズン終了後にある、と。ただ彼らはトップチームを取り巻く環境が適切なものではないこと、また手にしている結果があまりにひどく、レアル・マドリーのエンブレムとユニフォームが求めるものからは程遠いことも認めている。クラブは監督に対してリアクションを要求している。とはいえ理事会は変化が、新たなサイクルが必要であることは理解している。選手たちについても、全員が来季もこのクラブでプレーし続けられる確証はない」

 ジダンの公開状における「メディアに漏洩するメッセージは、チームに対してネガティブに干渉することになり、疑いや誤解を生み出してしまった」との言及は、こういう報道のことだったのだろう。例えばアトレティコ・マドリードであれば、ディエゴ・シメオネ率いるチームがどんなに厳しい状況に立たされても、クラブ幹部はアルゼンチン人指揮官への絶大な信頼を強調する。それは公の場ではなく、『マルカ』などで流れる意見でも同じ。「チームを、シメオネを信じている」といった言葉しか出てこない。一方でレアルの監督は、たとえCL三連覇を果たしたジダンといえども、そのような信頼を得ることは難しい。アトレティコレベルのつまずきで監督解任の可能節はすぐにささやかれることになり、今季を飛び越えて来季に迎えるべき変化のことまで話題にされる。まるで、現在戦っているのチームを置き去りにしていくように。

 ジダンは2月の初め、そういったことに嫌気が差したのか、記者会見でついに色をなした。いつものはにかむような笑みを捨て去り、こう言い放ったのだった。

 「私たちは昨季のリーガを勝ち取った。だから今季、最後まで戦うに値するはずなんだ。それこそチームが行っていくことにほかならない。もちろん、来季には変化が必要となるのだろう。しかし、このチームがあきらめることなど決してない。それだけは約束できる。選手たちはサッカーをプレーしたいんだ。試合に勝ちたいんだよ」

 この会見後のレアルは凄まじかった。負傷者や新型コロナ感染者に悩まされ続けながらもチャンピオンズではCL準決勝まで到達し、リーガでは13勝5分けと無敗を貫いて最終節までアトレティコと優勝争いを演じている。最終節のビジャレアル戦では終了間際にカリム・ベンゼマ、ルカ・モドリッチがゴールを決めて逆転勝利を収め、最後の最後まであきらめなかった。試合終了後、ジダンはリーガで優勝を果たせなかったのは「最悪だ」と語ったが、その顔には満面の笑みを浮かべていた。きっと、すべてを出し切ったと感じていたのだろう。その時点で、いや、2月の会見の時点で彼は腹を括っていたはず。それから、このフランス人指揮官率いるチームは、現場は、彼の言葉通り人間としての意地を最後まで示したのだった。(江間慎一郎=マドリード通信員)

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