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【コラム】海外通信員

ネイマールの悲劇(上) 8月11日パリから逃げ出すしかなくなった

[ 2019年8月15日 15:15 ]

10日・ケガのため、調整が続くパリSGのFWネイマール(前列中央)だが…
Photo By AP

 「あなた方は喋っていいけど、私は何も言わないだろう。ここからメルカート閉幕までには、ありとあらゆる種類のことが起こりうる」――

 8月11日、レアル・マドリー監督のジネディーヌ・ジダンはこう語った。ネイマールの去就に関するコメントだ。この「ありとあらゆる種類」という単語を発したとき、ジダンの脳裏に浮かんだ光景は何だっただろう。

 いずれにせよ8月11日は、歴史に残る日となった。その光景は、フランス人の目にもネイマールの目にも、くっきりと焼きついた。ネイマールがパリを去りたい事実はずっと以前から誰もが知っていたが、こんな光景が出現するとは、さすがに関係者以外、予想できなかった。

 サポーターの反乱――。いや、パルク・デ・プランスの反乱というべきか。もっとフランスらしく言ってしまえば、まさに「民」が「王」の首を切ったのである。

 リーグアン2019-2020年シーズン第1節。この日はパリSG(PSG)にとっても、晴れのシーズン開幕日だった。だが「開幕戦に姿を現すかどうか」がだいぶ前から注目されていたネイマールは、ベンチにもスタジアム内にもいなかった。

 試合開始のホイッスルが鳴る。スタンドにまず現れたのは小さな幕だった。「ネイマール出て行け」――。次いで10分間にわたりネイマール非難のチャントが叫ばれ、さらに16分にはついに巨大な黒い横断幕が広げられた。女性レイプ疑惑に刺されたネイマールを笑う内容だった。

 珍しくネイマールのソーシャルネットは沈黙しているが、この日を境にネイマールは、地獄から這い出す鬼のような形相でパリから逃げ出すしかなくなったと言えるだろう。「8・11前」はまだ「オレ様がパリを嫌いなのだ」と豪語できたが、「8・11後」は「フランス中がオレを嫌っている」と認めるしかなくなったからだ。

 もちろん後で復讐(または挽回)するつもりだろうが、現時点でこの「演劇」には、「ネイマールの悲劇」という名しかつけられない気がする。行き先が見つからなければパリに残る可能性も「0」ではないが、その確率は低く、もし残ればさらなる悲劇かもしれない。

 そもそもネイマールはフランスを侮りすぎた。

 バルサにメッシがいる限り「王」になれないと悟った彼は、PSGなら「王」になれると安易に思い込んだ。何よりカネをたんまり稼げる。わがままもし放題だ。しかも長居するつもりもなかっただろう。PSGで「王」になって、カネも十分稼いだら、そのころにはメッシもロナウドも落ち目になる、そのときこそスペインに戻ってついに世界の「王」になるのだ――。私の勝手な想像だが、そんな風に思ったのではないだろうか。

 だが誤算もいいところだった。(続く)
(結城麻里=パリ通信員)

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