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【コラム】海外通信員

レアル・マドリード ブランドとプライドをかけて

[ 2021年9月6日 11:00 ]

フランス代表FWキリアン・エンバペ(PSG)
Photo By AP

 いつの間にか夏の移籍市場の王と呼ばれなくなったレアル・マドリードが、今夏に意地と誇りを見せた。

 サンティアゴ・ベルナベウが会長だった時代にスター選手をかき集め、世界でも最たる成功をつかんだレアル。現会長のフロレンティーノ・ペレスはそんなベルナベウのやり方を踏襲して、第一次政権ではルイス・フィーゴ、ジネディーヌ・ジダン、ロナウド、デイヴィッド・ベッカム、第二次政権ではクリスティアーノ・ロナウド、カカー、ガレス・ベイルらを大金を支払って獲得。「彼が袖をまくれば何でも実現してしまう」と、夏の移籍市場の話題をさらってきた。

 そんな状況も徐々に変化していった。最たるきっかけはパリ・サンジェルマン(PSG)やマンチェスター・シティーといった中東マネーを資金源とするクラブの台頭である。PSGは2017年に史上最高の移籍金額となる2億2200万ユーロを支払い、バルセロナからネイマールを獲得。ここから移籍金バブルが始まるとレアルは方針を転換し、すでにワールドクラスとなった選手の争奪戦に参加するのではなく、そうなる見込みのある若手選手を引き入れ始めた。そうした加わったのがフェデ・バルベルデ、ヴィニシウス・ジュニオール、ロドリゴ、さらには久保建英らである。

 しかし、それでもペレスは、レアルのスケールを青田買いだけ行うクラブに縮小させることはなかった。この夏、彼は移籍市場で最大級の衝撃を与えようとした。サッカー界の次代を担うであろうキリアン・エンバペを獲得すべく、PSGを相手取ったのである。レアルの名物会長は今一度、袖をまくったのだった。

 PSGは今夏、バルセロナとの争奪戦を制してジョルジニオ・ワイナルドゥムを獲得したほか、レアルとの延長交渉が決裂したDFセルヒオ・ラモス、バルセロナが年俸を賄いきれなかったメッシをも引き入れ、完全に移籍市場の王者として君臨していた。しかし市場閉鎖まで1週間を切ると、レアルが彼らにとって一番大切な選手を奪おうと、一気に動きを見せた。「レアル・マドリード、PSGにエンバペ獲得オファーを提示」。スペイン中の新聞がそんな見出しを踊らせている。

 ペレスの用意は抜かりなかった。PSGとあと1年で契約が切れるエンバペと個人合意に至り、PSGの怒りを買わぬよう自分たちの振る舞いには細心の注意を払い続け、PSGからのリベンジを防ぐために自クラブの重要な選手たちとの契約を更新して契約解除金を対中東マネー基準まで引き上げる……。そして真の市場の王者は私たちだと言わんばかりに、PSGに移籍金1億6000万ユーロのエンバペ獲得オファーを正式に提示。ここ2年にわたって有料の補強を一切行わず、また重要な選手を売却しながら貯めてきた金を、あと1年で契約が切れるエンバペのために支払うことには彼らなりの理由があった。PSGの顔を立てる、エンバペがPSGに恩返しをする意味のほか、レアルが「買うクラブ」でPSGは「売るクラブ」という構図をつくることができるからだ。

 ペレスはPSGが間違いなくオファーを受け入れると考えていたのだろう。8月26日、オファー内容は1億7000万ユーロ+インセンティブ1000万ユーロに引き上げられ、スペインメディアではPSGとの合意が間近に迫っているとの報道が流れた。しかしPSGにも意地があった。レオナルドSDが「受け入れない違法なやり方でエンバペの獲得を目指している」と発言するなどレアルを敵とみなしたPSGは、結局エンバペの売却を最後まで認めず。市場最終日の31日、レアルはオファー額を2億ユーロまで引き上げたが、この夏にエンバペを獲得することはかなわなかった。それでも、どのクラブも手を出すことを恐れるPSGから、その最たるスター選手を獲得しようとしたのは、豪儀かつ計算高いペレスのレアルだからこそできたことだろう。……契約が残り1年の選手に2億ユーロを支払うのも、それを拒否するのも、異次元の誇りと意地のぶつかり合いだった。

 今夏にエンバペを連れてくることができなかったレアルだが、彼とPSGの契約が切れる6カ月前、来年1月には獲得を内定させられる。エンバペが契約延長を要求するPSGのありとあらゆる重圧に耐えられるかが鍵となるだろう。エンバペ本人は幼少の頃から、いつかレアルでプレーすることを夢見ていたらしい。レアルが目指すのはこの22歳のフランス代表FWを獲得することによって、彼が過去に抱えた憧れの気持ちを現代の子供たちにも植え付けること。レアルこそが世界最高峰の選手のキャリア最高到達地点にあるクラブ……彼らはそう誇示しなければならないのだ。

 この夏は、そうした狙いも含めたレアルの覇道をペレスの手腕とともに久しぶりに感じられた。彼らは自分たちのブランドとプライドをかけて、国家のクラブとも称されるPSGを食らおうとしたのである。(江間慎一郎=マドリード通信員)

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