【コラム】金子達仁

「得点を奪いにいかないスタイル」の限界立証された

イラン代表のカルロス・ケイロス監督
Photo By AP

 サッカーは国民性と無関係ではない。だから、日本人の感覚で他国のやり方をとやかく言うようなことは、できるだけ避けたいと思っている。

 ただ、もし20日にスペインと戦ったのがイランではなく日本だったとしたら、わたしは激怒し、絶望し、そして安(あん)堵(ど)している。

 自分たちは初戦に勝利を収めているのに対し、相手は勝ち点1。勝てなくとも、引き分ければ決勝トーナメント進出の可能性はグッと高くなる。だが、だからといって相手の身体が触れただけでのたうち回るような姑息(こそく)な時間稼ぎや、何より、攻める意欲を全面的に放棄したようなサッカーは認めたくない。

 目論見(もくろみ)が全面的に成功し、スペインから勝ち点をかすめ取ることに成功したとしよう。待っているのは国内の歓喜と、海外からの侮蔑である。やっぱりアジアは……そんなレッテルも貼られる。何より、この「成功」を目にしてしまった子供たちの深層心理には、「いくらアジアで強くてもW杯は別なんだ」という心理的な壁が生まれてしまう。W杯で普段通りの力を発揮できないメンタリティーが醸成されてしまう。

 とはいえ、いくらわたしが激怒しても、国民がそれで大満足なのであればどうしようもない。第三者からは薄汚く姑息にしか見えないサッカーであっても、国民がそれを否定しないどころか、歓喜しているのであれば。結果だけでなく、内容でも世界を驚かせたいと考える人間からすると、全身の力が抜けてしまうような徒労を覚える。

 だから、ディエゴコスタの幸運極まりない得点と、その後の展開にわたしは心底安堵した。「いかにして相手から得点を奪うか」というサッカーの第一義を否定するようなスタイルは、やはり限界があると立証されたようで。あるいは、冷たい視線を向けられ始めていたであろうチームが、幾度となくスペインの心臓を凍りつかせたことで、本来持っていたポテンシャルを証明できたようで。

 もっとも、今頃スペイン人は、自分たちのパスサッカーのあまりの劣化に頭を抱えているかもしれないが。

 さて、イランほどではないものの、重心をたっぷりと後ろに残したうえで前線の決定力を生かす、いってみれば極めてイタリア的なサッカーで勝利をつかんだのがポルトガルとウルグアイだった。内容は褒められたものではないが、アズーリのいないことを忘れさせるような戦いぶりである。

 中でもウルグアイのセンターバック、ゴディンの奮闘は目ざましいものがある。考えてみれば、彼が所属するチームの監督はセリエAで長く活躍した元アルゼンチン代表のシメオネ。カテナチオの秘伝は、十分に伝授されているのだろう。前線の決定力はピカイチなだけに、今大会のウルグアイ、不気味な存在になってきた。

 そうそう、早くも大会を去ることになったモロッコについても一言。結果は残せなかったが、素晴らしく魅力的なチームだった。やたらと男前だったルナール監督の名前も、覚えておいた方がいいかもしれない。(金子達仁氏=スポーツライター)

[ 2018年6月22日 12:00 ]

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