【コラム】海外通信員

過去のUCL決勝ベストゴール 01-02ジネディーヌ・ジダン(レアル・マドリード)

[ 2019年6月1日 07:00 ]

欧州チャンピオンズリーグ   レバークーゼン1-2レアル・マドリード ( 2005年5月15日    ハムデン・パーク(グラスゴー) )

18-19シーズン途中から再びレアル・マドリードを指揮しているジネディーヌ・ジダン
Photo By AP

 「ロベルト・カルロスがペナルティーエリア内に送ったボールは、まるで風船のように、ぐんぐんと高度を上げていった。その時点においては、ボールが枠内に収まることなど、ジネディーヌ・ジダン本人でさえも想像していなかっただろう。彼はペナルティーアークの少し前で立ち尽くし、ただ上昇するボールを見上げていたのだから」

 「それならば、ゴールとするアイデアはいつ生まれたのか? ボールが最高度に達し、落ちることをためらっていた刹那だ。ジダンはそこで、それが自身の位置する場所に落ちると確信して、決意した。そのボールが超自然的な、天からの贈り物であることを理解して、運に、即興にその身を委ねたのだった」

 「ジダン自身もあのボールと同じく、天から降り立った人物のようである。だからこそ、その贈り物に身体を動かすことができたのだろう」

 熱狂的マドリディスタとして有名なスペインの著名作家ハビエル・マリアスは、フットボール史に残る伝説的なゴールをこのように描写した。2001-02シーズンのチャンピオンズリーグ決勝、グラスゴーのハムデンパークで行われたレヴァークーゼン対レアル・マドリード。ジダンはこの試合の45分にチームを2-1の勝利へと導く、美麗極まりないボレーシュートを突き刺したのである。

 ジダンは同シーズンに当時の史上最高額である移籍金7200万ユーロでレアル・マドリードに加入。しかしながら、チームへの適応には苦労を強いられることになった。レアル・マドリードファンは、彼の官能的過ぎるプレーに理解が追いつかず、下部組織出身のラウール・ゴンサレスばかりを評価するような状況が続いていた。

 転機が訪れたのはチャンピオンズ準決勝、バルセロナとのクラシコである。ジダンはファーストレグでループシュートを決める活躍を披露しただけでなく、ピッチ上で起こったいざこざの際にレアル・マドリードからバルセロナへの“禁断の移籍”を果たしたルイス・エンリケの顔に強くつかみかかって、2006年ドイツ・ワールドカップ決勝のあの“頭突き騒動”にもつながる熱くなりやすい性格も露呈した。だがレアル・マドリードファンは彼が気取ったプレーを見せるだけの選手ではないのだと前向きに受け止め、“ここで成功するかどうかも分からない選手の一人”から“自分たちの一人”と認めたのだった。

 そして迎えたレヴァークーゼンとの決勝、ジダンは左足で巧みにボールを叩いたあのボレーシュートによって、今度は“自分たちの一人”から“崇めるべき一人”にまで昇華されている。あのゴールのはテレビで際限なく繰り返されることとなり、レアル・マドリードの近代史を象徴する場面にすらなったのである。

 以降、ジダンはチームの中心選手となり、レアル・マドリードファンは彼の時すら止めているようなトラップ、踊っているようにも見えるルーレット、抜群のタイミングと精度を誇るスルーパスから喜びを享受し続けている。そうして2006年、ジダンは現役を退くことを発表。スペインのスポーツ紙『マルカ』はその1面で「ベストが去る」「ボールが最も泣いている。ボールを最も愛した選手が行くのだ」といった見出しを打ったが、それはまさしく、皆の気持ちを代弁するものだった。

 ジダンはスパイクを脱いでから10年後にレアル・マドリードのトップチームの監督となり、チャンピオンズリーグ三連覇という偉業を達成した。あのボレーシュートのごとく、天から降り立った人物としての所作を、相も変わらずに見せ続けている。(江間慎一郎=マドリード通信員)

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