×

【コラム】海外通信員

パリSGは火事なしでタイトルの夏を迎えられるだろうか マドリー戦敗戦から1カ月

[ 2022年4月5日 13:00 ]

4月3日ロリアン戦、ゴールを喜ぶパリSGの(左から)エムバペ、メッシ、ネイマール
Photo By AP

 パリSG(PSG)には不穏な空気が漂っていた。

 チャンピオンズリーグ(CL)ラウンドオブ16でレアル・マドリーのルモンタダに打ちのめされて以来(3月9日)、パリのファンたちは日々の仕事も手につかないほど傷つき、屈辱を味わい、サポーター集団はクラブ指導部に公然と反旗を翻した。

 直後のリーグアン第28節ボルドー戦(13日)でも、メッシとネイマールがボールに触るたびに凄まじいブーイングが巻き起こり、3-0で大勝したにもかかわらずホームのパルク・デ・プランスは怒りの渦に包まれてしまった。

 選手たちの士気も喪失し、第29節モナコ戦(アウェー)はだらしなく敗北(20日、0-3)。報道によれば練習場は、「ひたすらシーズンを早く終えてバカンスに入りたい」といった雰囲気だったという。こうしたなかコアなサポーター集団「コレクティフ・ウルトラ・パリ(CUP)」は、4月3日のロリアン戦(ホーム)でチームを励まさない“沈黙作戦”に出る、とまで発表した。

 場合によっては火事が起きる――。そんな予感が広がり始めていた。

 だが4月3日夜、不穏な空気は12分間でフッと消えた。

 メッシがエムバペに流したボールを、エムバペがラストパスに仕上げ、ネイマールがゴールしたからだ。「MNM」ことメッシ&ネイマール&エムバペが、一緒に煌めいた瞬間だった。発表どおりCUPは意地のダンマリを続けていたが、子どもたちの瞳は一斉にキラキラと輝いた。

 それだけではなかった。フランスの至宝キリアン・エムバペが凄まじい活躍を開始したのだ。イドリサ・ゲイエのパスからゴールしたのが28分、ハキミのパスからゴールしたのが67分。しかも何とかメッシに決めさせようという意志が痛いほど伝わり、73分にはついにメッシに見事なピンポイントパスを送ってゴールさせた。さらにダメ押しで90分にも後方からの正確なパスでネイマールを走らせ、得点につなげた。

 この結果エムバペは、何と1試合で2ゴール3アシストという驚天動地のパフォーマンスを見せつけたのである。これは自己キャリアでも初記録。ちなみに「MNM」が全員ゴールした試合もこれが初めてだった。

 「エムバペは星よりも高いところにいる」――

 こう表現したのは、マルセイユOBのブノワ・シェイルー。実況アナも「エクストラテレストル」(地球外人)、「モンストル」(怪物)、「XXXXXL」(超巨大サイズ)と叫び続け、「この23歳の若者が一人でクラブを背負っている」と指摘した。

 スタンドからはエムバペコールが鳴りやまず、子どもたちは幸福感に満たされていた。気づけばCUPのスタンドからも拍手が起こり、密かに持ち込まれた彼らの横断幕は滑稽にも逆さになっていた。結局パリはこの夜5-1で圧勝。星より高いところから降ってきた美しい雨で、ひとまず火事はボヤに終わった。

 だが本当に鎮火したのだろうか?この点をめぐっては意見が分かれてもいる。

 悲願のCL優勝どころかまたしてもルモンタダにやられ、しかも今季のパリに残されたタイトルはリーグアン優勝だけ。4月4日現在でパリは2位のマルセイユに12ポイントの差をつけ、首位を走っている。よほどのことがない限り、優勝は決まったも同然だ。残るはあと8試合で、うち5試合はホーム。普通ならやりやすい“はず”だ。

 ただ選手の士気が続くかどうかは不明。エムバペも試合後、「代表戦で気持ちよくなったんだと思う。かなりの選手にとって環境がちょっと重くのしかかっていたからね」と分析。メッシやネイマールが今回は代表に戻って癒されたのではないか、との見方を示唆している。

 つまりメンタル面では、覇気が出ない「長い、長いシーズン最終盤」(レキップ紙)になるかもしれない。もし不甲斐ないプレーを見せるようなら、サポーター集団は黙っていないだろう。

 またキャプテンシー問題もくすぶっている。完璧だった主将マルキーニョスが不安定化しているためだ。セルヒオ・ラモスが到来してから動揺が目につくようになってしまった。そもそもアウヴェス、ブッフォン、ラモスと、強烈なリーダーシップを期待させたパリのスター取りは、全てイメージ面先行。純粋スポーツ面では失敗または逆効果に終わっている。

 思えば本物の主将ズラタン・イブラヒモビッチがいたときは、ルモンタダの呪いなどなかった。イブラが消えてから3回ものルモンタダに見舞われているのである。

 そこでフワフワと立ち昇り始めているのが、エムバペ主将論。クラブは主将という餌でエムバペを慰留しようと画策するかもしれない。エムバペもロリアン戦の後、去就について質問され、「まだ決めていない」「新たな要素も出てきたし、たくさんのこと、新しい判断係数もあるので、熟考している」と答え、パリ残留の“可能性”についても、「ウィ、もちろん」と明言した。新たな要素が何であるかは明らかにしなかった。

 だがエースストライカー=キャプテンの成功例はむしろ少ない。人を引っ張るにはときに自分を犠牲にする必要もあるからだ。「星よりも高いところ」にいるエムバペはいつか地上でそれを担うだろうが、それがいまかどうかは難しい判断だ。

 現在首位のパリ(2位マルセイユに勝ち点差12)は火事なしでタイトルの夏を迎えられるだろうか。4月17日には宿敵マルセイユを迎えるクラシコが控えている。ここでチームが不甲斐なければ、本当に火事が起きかねない。(結城麻里=パリ通信員)

続きを表示

バックナンバー

もっと見る