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【コラム】海外通信員

ブラジルxアルゼンチン戦突然の中断(下) 政治的混乱の背景

[ 2021年9月14日 00:00 ]

話し合うアルゼンチン代表主将メッシ(左)、ブラジル代表チッチ監督(中央)、同MFネイマール
Photo By スポニチ

 現在、ブラジルに入国する際、過去14日以内に英国(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)及び南アフリカ、インドに滞在した経歴を有する渡航者は、14日間の隔離措置を講じなければならない。だから、アルゼンチン代表の4人はブラジルに入国はできるけれど、14日間の隔離義務があった。となると、試合には出てはいけないことになる。

 Conmebol(南米サッカー連盟)、AFA(アルゼンチンサッカー協会)、CBF(ブラジルサッカー連盟)は試合に出られるよう隔離免除の特例をブラジル政府の誰かと交渉していたはずだ。どこまでどんな交渉をしていたのだろう?誰がゴーサインを出していたのか?そこがまだ明らかにされていない。

 結局、調整失敗だったのだろう。正攻法で4人のアルゼンチン選手がブラジル入国に際してAnvisa(アンビザ=国家衛生監督庁)に提出する検疫に関する質問に正直に答えていなかった事実を突きつけられた。4人はブラジルにとっての検疫指定国である英国に過去14日間滞在歴を無いと答えていたため虚偽の申告をしたことになった。さらに、隔離義務を無視してホテルの部屋から出て練習、試合に出た。特例措置が内閣府から出ていたのなら、何も問題ないはずだった。

 が、特例を出していないブラジル政府、保健省、Anvisaから見たら、彼らは法律違反者である。9月4日、試合の前日にAnvisaは警告を出すためAFAに連絡をとったと言うが、4人の隔離は実行されなかった。そして、5日の試合中の身柄確保、試合中断となってしまった。

 試合中断事件を受けて9月5日にボルソナーロ大統領の息子であるフラヴィオ上院議員がこんなツイートをしていた。

 「アルゼンチン人たちはブラジルの法律を犯していると知りながら、試合に出ようとした。連邦警察は誰が試合の前にAnvisaの邪魔をしたか調査して、アルゼンチンは罰せられるべきだ。」

 この言葉から、政府内、もしくは政敵の誰かが国の安全を脅かすことに手を貸したと言いたいようだ。

 このような政治絡みになるのも当然なのは、ブラジルは来年大統領選挙の年で、ボルソナーロ大統領は再選を目指し、国民の間ですでに右派左派、中庸派の意見がバチバチと火花を散らしている。また、サンパウロ州のドリア知事も大統領選に名乗りを挙げる一人である。

 ドリア知事はコロナワクチンの確保に昨年4月からいち早く取り組み、サンパウロ市内の研究所でコロナヴァッキ(シノファームとの共同開発)を生産し、コロナ禍においてリーダーシップを評価されている知事だ。

 今回の試合会場はサンパウロ市内、ドリア知事のお膝元。この試合は昨年4月以来初めて観客を入れる試合だった(有料ではなく、招待のみ)。

 コロナ緩和策のため、陰性証明所持者のみ1万2千人。試合後15日間のモニタリングが義務になってデータ集めに極めて重要なテストゲームでもあったが、これもできなくなってしまった。

 そして、この試合の2日後、9月7日はブラジルの独立記念日で各地でボルソナーロ支持の右派が大規模な集会をした日となった。

 6月にはボルソナーロ大統領は、半ば強引にアルゼンチンが開催を断念したコパアメリカをブラジルに持ってきた(選手たちは乗り気でなかったが)。そして、今回、国家機関がW杯予選を中断させたことで、FIFA(国際サッカー連盟)、Conmebol、CBFへの大きな影響力を持っていることが示された。

 歴史的に大衆の心を掴むためにサッカー、セレソンが政治的道具に使われてきたが、ボルソナーロ大統領にとって来年の大統領選を見据えて、サッカーを使っているのではなかろうかと言われている。

 58万人の新型コロナ犠牲者を出したのはボルソナーロ大統領の失策だともアンチからは批判されている。大統領としてはAnvisaの強い姿勢を行使することで、パンデミックに本気で取り組んでいるというところをアピールしようとしたのだろうか。FIFAの懲罰委員会が調査に乗り出すことになり、この先、もっと事実関係が出てくることだろう。

 結局、この中断事件で可哀想だったのは振り回された選手たちだ。コロナに感染しないように、体調管理を徹底し、最高のパフォーマンスが出せるよう調整した挙句に試合がサスペンションなんて、溜まったもんじゃない。(大野美夏=サンパウロ通信員)

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