【コラム】海外通信員
ブラジルの名門ボタフォゴ号の沈没はいかに
ボタフォゴ・デ・フチボウ・イ・レガッタス(BFR)が、今まさにリオの名所グアナバラ湾に沈もうとしている。
右手にキリスト様を見上げながら、左手にポン・デ・アスーカルの巨岩、まばゆいほど白いヨット群が並ぶヨットハーバーと、ボタフォゴビーチは間違いなくリオを訪れる人々を、「ここぞリオデジャネイロ!」と感動させてくれる唯一無二の景観を誇る。この景色を見れば、リオの治安がどうとか、経済がどうとか、どうでもいいじゃないか!と夢心地になってしまうのも無理もないのだが・・・。
そんなリオの顔とも言える美しい景色の中に鎮座するのがボタフォゴだ。
ここを通るたびにかつてブラジルサッカーのクオリティを世界に知らしめた英雄たちのこと思い出すものだ。ガリンシャ、ジジー、ニウトン・サントス、ザガーロ、ジャイルジーニョ、カルロス・アルベルトと、W杯で優勝した偉大なるカナリア軍団のメンバーたちだ。
ボタフォゴの白黒のストライプのユニフォーム、胸の一つ星(エストレラ・ソリタリア)のエンブレムはブラジル国民をワクワクさせた憧れの象徴だった。
しかし、現在、かつての栄光から遠ざかって久しい。いや、正確に言うと”かなり久しい”。近年ビッグタイトル取ることもなく、新たなサポーターはなかなか増えない。最後に国中を沸かせたのは95年の全国選手権優勝で、ゴールゲッターのトゥーリオが英雄となった。あれを最後にボタフォゴは全国タイトルの争いには顔を出さなくなっていった。
2002年と2014年には全国リーグの2部降格にもなっている。人気が無ければサポーターも増えず収入も増えない。スポンサーを集めるのも厳しい。職員へのサラリーさえまともに払えない状態のボタフォゴに加入したのが本田だった。昨年2月に多くの報道陣を集めて本田がボタフォゴ入団会見をした時、クラブの広報は資金も人材もない中、なんとかやり遂げたと言っていたが、この時すでにボタフォゴは瀕死の状態だった。前年からの給料遅延が何度も起き、選手がインタビューのボイコットをするなど綱渡り状態だった。それでも、クラブは選手たちにペナルティーを与えることなどできなかった。クラブの方が契約を守っていなかったからだ。
泥沼状態のボタフォゴの人気を少し盛り返してくれたのが、本田だった。ボタフォゴのファンは推定200万人いると言われる(ちなみに人気ナンバー1のフラメンゴは推定4200万)。ツイッター130万、Facebook130万、インスタグラム50万、YouTube26万人と登録者がいるが、ソシオ・トルセドールというサッカーに限ったボタフォゴサポーター会員数は2万人だった。それが、本田の加入によって、一気に1万人増え3万を越すこととなった。本田はひょっとしたらボタフォゴの救世主になってくれるかもしれないとフロント陣は夢見ただろう。
クラブとしては本田をマーケティングの材料に日本とのつながりを強めたい、国際的なマーケットを持ちたいなど夢を持っていたのだが、本田のデビュー戦直前に世界は新型コロナの感染が拡大し、ブラジルの各都市も外出自粛が始まり、1試合出場したところでスポーツの試合も全て停止となった。
3ヶ月の自宅待機期間を経て、カンピオナート・カリオカ(リオ州リーグ)は6月に無観客で再開した。ジリ貧のクラブにとって無観客試合は収入アップにならず厳しいものだった。本田を使ってのマーケティングの目論見もコロナで外れ、資金がまたしても底をついてしまった。9月にはリオ州リオ州クラブ職員組合からの借入金が決まり、なんとか職員と選手への遅延サラリーが支払われたほどだ。
10月に本田とボタフォゴは全国リーグが終了する2月までの契約延長を同意したのだが、11月にはラモン・ディアス監督が就任したものの手術からの回復中で息子が指揮をとった3試合で勝てないと、いきなり解任となった。本田はフロントが方針の説明もなく、いい加減なことに不満を抱え、退団を考えていると言い出した。
「自分は雇われているのではなく、クラブのパートナーだ。」
彼の不満は当然のことだっただろう。給料は遅れる、クラブの運営はうまくいかない。監督は5人変わるなどという異常事態のクラブなのだ。
しかし、申し訳ないが、こうなることはブラジル人の多くが予想していた。いくら偉大な選手でも、ピッチの外でもリーダーシップのある人物だとしても、崩れかけた名門クラブを救うことはあまりにも相手が大き過ぎた。ブラジルの歴史ある名門クラブのパートナーになるには莫大な資金が必要なのだ。
Lance!サイトがネルソン・ムファヘッジ 前会長の3年間(2021/1/4から新会長に変わった)に獲得した46人の補強選手の評価をしている。5点満点で平均1.6点。本田は4点の評価だった。その理由は、クラブに到着した時、メディアを沸かせ、サポーター会員の数を増やしたから。本当に何もしてない選手よりもずっと功績があったということだ。5点もらったのはたったの2人で、いかに補強に失敗してきたかがわかる。それも仕方ない。資金が無いのだから、良い選手を連れてくることなどできないし、選手から見ても、今のボタフォゴでプレーすることを光栄に思う人がどれほどいるか。名門のネームバリューよりも、サラリーがきちんと支払われるクラブで働きたいと思うのは当たり前のことだ。
結局、本田は契約を早期解除して12月30日にボタフォゴを退団した。クラブの栄光の歴史とプライドを傷つけられたと思う人たちにとって、本田は裏切り者扱いとなった。そして、ボタフォゴの現実をわかる人にとっては、仕方がない結末だ。ボタフォゴが輝いていたころなら、そのエンブレムに選手人生を賭けるのが普通だった。しかし、今のボタフォゴにはその価値は無いのが現実なのだ。東京五輪出場という個人の目標を掲げ残りの選手人生を送る覚悟を決めている人に、ボタフォゴと一緒に2部落ちしてくれとは言えない。
そもそも選手キャリアの終盤である選手に大きな期待をかけすぎた。もちろんアスリートとして体を鍛えコンディションを整えていたには違いないが、全盛期のインテンシティーはなかなか望めなかった。
元ブラジル代表、コリンチャンス、インテルミランで活躍したゼ・エリーアスが「きっと本田はいいやつなんだと思う。英語も勉強して、プロ意識も高い。ただ、ピッチの中でのテクニック、スピードがない。セットプレーはうまいが、いつも止まったボールを蹴るわけにはいかない。マーケティングのために補強したとしても、ピッチの中で良いパフォーマンスを見せて中心選手にならないといけない。」とコメントしていたが、ブラジルサッカーもかつてはスローなリズムが特徴だったが、今は世界の共通としてスピードが重要だ。
本田が到着した時、魔法をかけられた人たちも、よく考えてみたら、申し訳ない言い方だがやはり「日本代表の選手」だったことに気づいただろう。アルゼンチンでもなく、スペインでもなく、フランスでもなく、ドイツでもない。アジアのサッカー弱小国の代表だったのだ。
結局、32歳の元日本代表選手が3ゴール決めたという事実に失望する必要もなく、今のボタフォゴの現実だったのだ。サンパウロFC、コリンチャンス、パルメイラス、フラメンゴなどだったら、間違いなく契約しなかった選手ということだ。お互いに利害一致しなくなったのだから、きれいに離婚するのは当たり前の流れだった。
しかし、本田がブラジルでプレーした意義は、決して小さなものでは無い。
日本からはるか遠くの言葉が通じない国に、一人で乗り込んで、生活をし、ブラジル人とボールを蹴って、交流をしたことは、経験した人にしかわからないことがある。そして、経済、チームの状況と関係なく、ブラジル人の持つ寛容さ、ブラジルという国のスケールの大きさに触れたのは彼のアドバンテージに違いないし、ブラジルにとってもご縁ができたことをありがたく思う人もたくさんいるだろう。
昨年、ブラジルでコロナ感染が拡大して、各地で街がロックダウンした時、ブラジルに仕事で駐在していた多くの日本人は避難帰国をした。当たり前の選択だった。その時も彼はリオに残っていた。外国で新型コロナという未知のウィルスが広がり、病床が逼迫し、死亡者の数が倍増していくのを見るのは恐怖ではなかっただろうか。
もし、彼があの時点で契約を解除して帰国していたのなら、本当に何もしないまま消えた人になっていただろう。しかし、彼は約束通りボタフォゴのユニフォームを着てコロナ禍の中、戦った。たとえ、なんらかの結果を残さなかったとしても。
残念ながら、本田の去ったボタフォゴ号の沈没は日に日に現実へと近づいてきている。しかし、ボタフォゴの栄光の歴史はこんなことで終わることはないはずだ。長い歴史の中で、浮き沈みもある。2部に降格する名門はこれまでにもあったし、これからもあるだろう。一部リーグのどのクラブが優勝してもおかしくない国なんてブラジルくらいではなかろうか。欧州の各国リーグは、数チームが常に優勝争いをするが、最低でも12チームが毎回優勝候補というブラジルサッカーは競争が激しい。名門が落ちたり、新勢力が現れたりとダイナミックであることが新たな才能が生まれる所以でもあるのだから。来るものは拒まず、去る者は追わず。
ブラジルの一部リーグで日本人がプレーした事実はとても素晴らしいことだし、ピッチの外で見せてくれたリーダーシップにも多くのブラジル人が拍手した。
次のステージでの幸運を祈るばかりだ。
Obrigado! Boa sorte para seu novo desafio! (大野美夏=サンパウロ通信員)
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