【コラム】海外通信員

大きな不安と小さな期待を漂わせ… CLへ船出するマルセイユ

[ 2020年10月8日 07:00 ]

 「今回はギラシーだろう」「うむ、やはりギラシーだ」

 コロナ・メルカート閉幕から一夜明けた6日、フランスのテレビからこんな声が上がった。「リーグアンで今回最もいい移籍になったのは誰か」という議論で、複数がアミアンからスタッド・レネ(レンヌ)に移籍したアタッカーのセルー・ギラシーを挙げたのだ。おそらく日本の読者には未知の存在だろう。

 それほど今回のメルカートは、コロナ禍の影響で地味に終わったという証明でもある。欧州メガクラブも含め、どのクラブも財政難に見舞われた今年は、予想どおりレンタルやフリー入団が続出。フランスでも、“出発組”ではリールのヴィクター・オシメーン(→ナポリ、7000万ユーロ)が、“到来組”ではパリSG(PSG)のマオロ・イカルディ(←インテル、5400万ユーロ)が、それぞれ最高価格になった。

 だが前述の議論で、一人だけ「キュイザンス」と答えた出演者がいた。ラジオRMCのフィリップ・サンフルシュ記者だ。メルカート閉幕直前にオランピック・ド・マルセイユ(マルセイユ)が、ついにレンタルで手に入れた逸材の名である。

 ミカエル・キュイザンス、21歳。実はこの若者、フランスでもさほど知られていない。ストラスブールのユースでプレーした後、早々とドイツに渡ってしまったため、ほとんどプレー姿にお目にかかれなかったのだ。

 ただ、すでにユース時代からペップ・グアルディオラのマンチェスター・シティ(MC)が興味を示し、招待までして誘ったというエピソードをもつ。だが当のキュイザンスはブンデスリーガのボルシアMGを選択、2シーズン後には天下のバイエルンにサプライズ移籍を果たした。このためその名は、“未知の有望株”として言の葉にのぼるようになっていた。

 そんな若者に惚れ込んだのがマルセイユのアンドレ・ヴィラス=ボアス監督。そこでマルセイユは、ブナ・サールをバイエルンに売却して1000万ユーロを金庫に入れたのと引き換えに、キュイザンスを1800万ユーロの購入オプションつきでレンタルした。なかなかのやりくりで、いまフランスメディアは、「マルセイユの未来」と期待しているところだ。

 だがマルセイユのメルカート全体には不安が漂っている。全国紙『レキップ』は7日、主要クラブのメルカートを採点したが、トップは20点満点で17を獲得したニースとRCランスで、ギラシーらを補強したレンヌも15。これにたいしマルセイユは10と、下位に終わった。

 コロナ以前から財政難に陥っていたマルセイユは、ファイナンシャル・フェアプレーにも手足を縛られ、思い切った補強ができない立場にあった。それを理解していた監督も、「財政上売却は仕方ないが、売却後は必ず埋める」ことを条件に、賢く補強する希望リストを提出していた。

 こうして左サイドバックには長友佑都(フリー)を、中盤にはパップ・ゲイエ(フリー)とキュイザンス(レンタル)を、センターバックにはレオナルド・バレルディ(レンタル)を、それぞれ入団させた。競争過多となった中盤では、クラブ生え抜きのマクシム・ロペスが新天地挑戦を受け入れて売却された。

 だが、サール売却で酒井宏樹一人になってしまった右サイドバックには、誰も採れなかった。

 最終日の夜中まで検討されていたのはゲンクのデンマーク代表ヨアキム・マエフレ獲得だったが、土壇場でゲンクがごねて水泡に帰してしまったのである。これを受けてこのポジションにはケヴィン・ララやジブリル・シディベといったフランス代表が名乗りを上げているが、財政的に簡単とは言えず、「右利きの長友を右サイドにも起用すべき!」という論が出始めている。

 もっと不安なのは前線だ。現センターフォワードのダリオ・ベネデットが絶不調で、ディミトリー・パイエットかフロリアン・トーヴァンが決めてくれない限り、ゴール源がなくなっているからだ。

 このためマルセイユは、なけなしのカネをはたいてルイス・エンリケを800万ユーロで購入した。ただ南米からフランスに来た選手がすぐ活躍するのは稀で、しかも18歳という若さが未知数。そもそもフランス人でさえ潰れるほど猛プレッシャーを受けるのが、“マルセイユ火山”なのである。

 したがって「右サイドバックよりストライカーを“ジョーカー獲得”すべき」との声も強まっている。だが「おカネがないなかで誰を?」である。また採っても活躍できないなら意味がない。こうして肝心の「9番」が事実上不在になっている。

 いまもマルセイユの英雄であるディディエ・ドログバは、チャンピオンズリーグ(CL)抽選会でマルセイユの名札を広げた後、対戦相手名が入ったボールを拾うフローラン・マルーダの手元を心配そうに注視。気持ちを察したマルーダも無言の笑顔でドログバをからかった。こうしてマルセイユは10月21日、オリンピアコスと対戦する。いよいよ7年ぶりのCL突撃である。

 ところが肝心のCLシーズンだというのに、マルセイユの序盤戦はぱっとしないものになっている。敵地でPSGを下し歴史的勝利を収めたとはいえ、リーグアン順位は第6節で10位。クリエイターもストライカーも不在で、ポジティブ・トランジッションが機能せず、ほとんど攻撃できない。マンダンダのスーパーセーブと、酒井ら守備陣の英雄的死闘で、何とか凌いでいる状況だ。このままだとCLはおろか、リーグアンでも順位を落としかねない。

 そこで小さな期待になっているのがキュイザンスというわけだ。中盤センターでも、ポジティブ・トランジッションを担うルレイヤー(リレー役)でもプレーでき、10番(司令塔)もこなせるというから、期待が高まるのも当然だ。バイエルンでは、キュイザンスのキック力にレバンドフスキさえ驚いたというエピソードもあるらしい。

 メルカートの成否判明を待つ間、サポーターたちはこう叫んでいる。「それにしてもストライカーがいないじゃないか!」「エンリケがエムバペみたいなら話は別だが」――。

 勇敢で堅い守備力、豊富な中盤の戦力、パイエットとトーヴァンの個の打開力を機能させながら、ヴィラス・ボアス監督と選手たちは、果たしてどう攻撃をクリエートするのだろうか。キュイザンス、エンリケら若手と2人のサムライを乗せて、マルセイユがいよいよ船出する。(結城麻里=パリ通信員)

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