【コラム】海外通信員

まるでヒチコック映画 パリの呪いは(たぶん)解けた!

[ 2020年8月14日 07:30 ]

 「まるでヒチコック映画のようなシナリオだった」――

 パリSG(PSG)が奇跡の大逆転で25年ぶりにチャンピオンズリーグ(CL)準決勝進出を決めた翌朝、フランス中が聞くラジオ「フランス・アンフォ」からこんな言葉が流れた。

 試合中継を見ていたフランス人のほとんどは、真夜中に、まさにヒチコック映画ばりの恐怖に襲われ、怒り、叫び、やがて蒼白になり、ついにはガックリと「死」を覚悟したからだ。

 フランスを代表する日刊紙「レキップ」8月13日付はと言えば、「狂気の沙汰」の大見出しを一面に掲げ、何と計9ページをこの試合に捧げた。そこにはありとあらゆる表現が躍っている。

 「運命」、「誕生日おめでとう」(8月12日はPSG創立50周年記念日だった)、「シャポ・モティング」(ヒーローとなったシュポ=モティングに、「脱帽」を意味する「シャポ」をかけたもの)、「エムバペが全てを変えた」、「全てがあり得る」、「今年か、または絶対来ないか、のどちらかかもしれない」・・・

 これだけで十分にフランスの雰囲気が伝わってくることだろう。

 思えばその「レキップ」紙が「呪い」に言及したのは、8月7日のことだった。キリアン・エムバペの捻挫(7月24日)で絶望が訪れ、次いでそのエムバペが猛スピードで治癒に向かい希望が湧いてきた矢先、今度はマルコ・ヴェラッティが負傷してしまった(8月6日)からだ。

 そこでPSG番のダミアン・ドゥゴール記者はこう書いた。「完璧に理性的な人だろうが、ゲン担ぎする人だろうが、信教をもっている人だろうが、無宗教の人だろうが、これらの事実を前にしてこう諦めないのは難しい。そう、パリは呪われているのだ」――

 PSGは毎年、CL重要ラウンドが近づくたびにスター選手を失い、ここ2年はネイマールが肝心なときにいちいち怪我で脱落。準々決勝にも届かない年が重なり、「呪われている」と言われ続けてきた。だから「またしても」だった。

 しかもヴェラッティ負傷後には、何とトーマス・トゥヘル監督までがジョギング中に足の指を骨折したからたまらない。監督は真夏だというのにスキー靴のような固定器具を履き、2本の松葉杖でやっとポルトガル入りしたのだった。アタランタ戦で敗退すれば解任かもしれない、と言われていた。

 それだけでも終わらなかった。ただでさえ試合は悲壮感を帯び、「アタランタ1対ネイマール0」(RMC中継中)と揶揄される事態になっていたところへ、頼みの守護神ケイラー・ナバスまでが太ももを負傷。ここでフランス人は「もう呪いは解けない」と確信した。

 それを変えたのは、まずエムバペ。奇跡の回復を遂げたエムバペの投入で、連動力と突破力とチーム力が生まれた。次いで大逆転劇を演じたのは、「シュポ」ことエリック=マクシム・シュポ=モティングだった。8月6日に練習でヴェラッティに怪我させてしまった当人である。

 誰からも愛されているがマスコット以上ではなく、馬鹿にされることも多かった「シュポ」。しかもクラブから「契約延長なし」を告げられながらCLのために2か月間の契約特別延長に応じ、もうすぐそれも切れてしまう「シュポ」。その「シュポ」が93分に、エムバペのパスから大逆転ゴールを決めたのだから、奇想天外である。

 エムバペはピッチ上に仰向けに寝て、うっとりと空を見た。突き破ったばかりのガラスの天井がキラキラ降ってくるのを、眺めているかのようだった。次いで「シュポ」はスタンドに駆け上がった。そして自分で怪我させたヴェラッティの腕に、強く、強く、抱きしめられた。

 「涙、理解不能、怒り、苦悶・・・」「とはいえこれは物語の始まりでしかない」「アポテオーズ(至高の歓喜)ではない。なぜなら目的地と道を混同してはならないからだ」

 13日付「レキップ」社説でこう書きだしたヴァンサン・デュリュック記者は、この試合をEURO2004(ポルトガルの同スタジアムでおこなわれた)のフランス対イングランド戦に比較した。ベッカムを擁するイングランドに敗北しそうになりながら、ジネディーヌ・ジダンが土壇場で大逆転した伝説の試合である。同じように優勝を逃すかもしれないという深い意味もこめている(フランスはギリシャに不覚をとって優勝を逃した)

 だがデュリュック記者はこう続けている。見ている誰もが「死」を覚悟したときに、当人が「死なない」決意をしたからである。

 「敗北の拒否が常に王者をつくり、群れから姿を現して違いを見せ始め、しばしばそれが制覇の予告となる」「いい年になるかもしれないという空気が通っている」「そうでなければ、アディショネルタイムについに呪いを解いたかもしれない、と言ったところで、どんな意味があるだろうか」

 準決勝ライプツィヒ戦で、今度は守護神ナバスを欠いてしまうPSG。だがエムバペは先発でき、アンヘル・ディ・マリアの出場停止も明け、ヴェラッティも怪我を克服してプレーできる可能性がある。ネイマールも、マン・オブ・ザ・マッチのトロフィーを「シュポ」に献上するほど、珍しくポジティブだ。

 パリは燃えているか。たぶん「ウィ」だ。少なくとも、団結したチームがついに、8月12日の真夜中に誕生した。(結城麻里=パリ通信員)

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