明大38年ぶりの日本一 大阪―東京の遠距離を通いつめた田中コーチも宙に舞う

[ 2019年6月20日 09:49 ]

<大学野球選手権・決勝>優勝し、胴上げされる明大・田中コーチ=2019.6.17
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 リーグ戦は5季ぶり40度目、全日本大学野球選手権は38年ぶり6度目の優勝を飾った明大。善波達也監督の胴上げが終わると、監督自ら「タケヒロさん!」と背番号「50」の田中武宏コーチを選手の輪の中に招き入れた。太めの指揮官より、スマートな田中コーチはちょっと高く舞い、選手の顔には感謝の思いがあふれていた。

 正式にコーチとしてベンチ入りして今年で9年目を迎える。リーグ戦の2カ月間は自宅のある神戸から週末に上京、試合後は再び神戸に帰る生活だ。善波監督より1学年上で、明大卒業後は日産自動車に入社。野球部で活躍していた。その間も善波監督(当時コーチ)から「ちょっと選手を見てください」とか、選手の成長を促す意味で選手を日産の練習に参加させてもらっていた。ところが10年に日産野球部が休部となり、本格的に明大の選手を見るようになりコーチに就任した。

 17日に行われた佛教大との全日本大学選手権決勝戦、試合前の打撃練習中に「遅れてすまん」と球場に駆けつけた田中コーチの姿があった。前日の東海大―佛教大の準決勝をネット裏から観戦した後、荷物を持って帰阪。17日の午前早く大阪・福島の会社に顔を出し仕事をこなして伊丹空港に直行。飛行機に飛び乗り神宮に駆けつけた。

 「もう慣れましたよ。もっと大変な移動もあったし、選手が頑張ってくれるのが一番ですから」

 営業の仕事は愛知から九州・大分まで広範囲に及ぶ。5月25日の法大1回戦。この日はプロ併用日で試合開始は午前10時30分。前日には大分で仕事があり大分からの飛行機では間に合わないため、夜に北九州市に移動。翌朝、北九州空港午前5時30分発の便に乗り試合開始に間に合わせた。同じように4月22日の立大3回戦は、日曜の2回戦が終わり帰阪、月曜日に午前中仕事を済ませ上京。神宮に到着しときは8回だった。「ベンチに入ったら森下の二塁打で3点目が入りました」と綱渡りでシーズンを乗り切った。

 基本的に金曜日の夜に上京、寮に泊まり夜間、早朝の練習にも付き合う。早大2回戦で2ラン、3ランを放った和田慎吾(4年=常総学院)は夜中まで指導してもらい「感謝してもしきれません」と田中コーチに頭を下げる。広島に入団した野村祐輔や阪神の高山俊らは今でも田中コーチを慕い食事を共にしているほど。

 これで秋まで飛行機の時間を気にしなくて済む。「そうですね。仕事と、関西の高校野球関係者に挨拶回りくらい。少し休めます」とほっとした表情を浮かべた。

 善波―田中の名コンビが生んだ38年ぶりの日本一。ともに島岡御大の薫陶を受けユニホームにイノシシを付けて戦った現役時代。38年前、善波監督は1年、田中コーチは2年生だった。優勝した会見で指揮官は「38年の歴史がつながった」と言った。田中コーチもきっと同じ思いだったはずだ。(落合 紳哉)

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