志村けんさん急逝に地元15万人も悲し 聖火ランナー依頼も…東村山市長「願いが叶わず残念」

[ 2020年3月30日 13:08 ]

志村けんさん
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 タレントの志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎のため70歳で亡くなったことを受け、出身地の東京東村山市の市民たちも悲しみにくれた。

 志村さん死去の一報が駆け巡った30日午前10時ごろ、渡部尚市長がツイッターを更新。「たった今、志村けんさんがご逝去されたとの速報ニュースが流れました。東村山15万市民の皆さんと共にご回復を祈っていましたが、願いが叶わず残念でなりません。心より哀悼の誠を捧げ、ご冥福をお祈りいたします」と悼んだ。

 続けてフェースブックにも「志村けんさん、有難うございました!!」のタイトルで投稿。「志村さんの訃報はネットニュースでも報道されていました。東京オリンピックの聖火リレーのランナーをお願いしていましたので、来年元気に走っていただくことを東村山15万市民と共にお祈りしていました」とコメントした。

 また「もう志村けんさんの『東村山音頭』を二度と見ることができないと思うと、残念でなりません。改めて、追悼の誠を捧げ、ご冥福をお祈りいたします。けんさん、東村山の名前を全国に広めて下さり、また長年お笑いで全国の多くの方を元気にして下さり有難うございました。どうか安らかにお休み下さい」と感謝した。

 志村さんは7月14日に東村山市を走るはずだった。新型コロナウイルスの感染拡大で東京五輪・パラリンピックが延期となり、聖火ランナーも中止となっている。

 志村さんは現在の東村山市にあたる北多摩郡東村山町生まれ。中学は同市立校に通った。

 既に国民的な人気があった「ザ・ドリフターズ」に後から加入したメンバーとして、頭角を示したギャグが「東村山音頭」。TBS「8時だョ!全員集合」で大ブームとなり、76年にはレコード化された。21世紀に入って、現代版「パラパラ東村山音頭」も東村山市内限定販売されるなど、地元に貢献した。

 兄の知之さん(73)も市役所に勤務していた。

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