球拾い―大リーグのこぼれ話伝えます―

グラブが生んだ日米名選手の“名シーン”

[ 2022年8月21日 05:30 ]

 かつて大リーガーの使うグラブやミットはローリングス社かウィルソン社製で占められた。90年代の中頃からスター選手たちが用具を個人営業の職人に注文し始めた。

 「用具のビスポーク化時代」とニューヨーク・タイムズ紙。「ビスポーク」とは、英ロンドンのサビルロー(日本語の背広の誕生説がある)の高級紳士服店への注文を言う。それを選手の用具特注に重ねたのだ。

 値段にかかわらず、選手の用具への向き合いは生真面目だ。例えばマリナーズのスアレス三塁手。エラーするとグラブに呼びかける。「おいおい、どうした。エラーで俺が食えなくなったら、お前さんも食えなくなるぞ」。グラブは大切な相棒。地面に置かず、ベンチか、壁のラックに掛けておく。他人に触らせるか?「それは構わないが、グラブをはめるのはノーだ」。カージナルスの名手アレナド三塁手もグラブに他人が手を入れるのを許さない。「私と同じサイズの手を持つ人間はいない。違う手が入ると内部の大きさが狂う」

 81年、ロイヤルズが来日した日米野球の後楽園でのシーンが良かった。ベンチのぺちゃんこグラブを見た千葉茂さん(故人、当時62歳)が「内野用、セカンドだ」。そこに持ち主であるフランク・ホワイト二塁手(8度のゴールドグラブ受賞)が現れた。「この方は殿堂入りの元二塁手です。セカンドのグラブと見抜きましたよ」と千葉さんを紹介すると、「タッチして」と千葉さんにグラブを手渡した。「あんた名手やね。捕球部分の皮だけが薄くなっている」と千葉さん。スリムな黒人選手と小太りな日本の老人とが、古いグラブを挟んで互いの国の言葉で話している。野球ならではの名シーンと思った。(野次馬)

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