【内田雅也の追球】奮起呼ぶ投手の安打――「不運」西が打席で見せた姿勢

[ 2019年7月22日 12:38 ]

セ・リーグ   阪神5―2ヤクルト ( 甲子園 )

<神・ヤ>5回2死一塁、西勇輝は右前打を放つ
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 1点を追う阪神5回裏2死一塁、打席に先発の西勇輝が向かった時、多くの観客は思ったことだろう。

 「この回は9番で終わり、1番から始まる6回裏の攻撃に期待しよう」もうすぐグラウンド整備だ。なかには席を立った観客もいただろう。そんな打席だった。

 ところが西本人は違っていた。本人はお立ち台で「たまたま」と言ったが、打撃姿勢は本気だった。1ボール1ストライクからヤクルトの下手投げ・山中浩史のスライダーに食らいつき、一、二塁間をゴロで抜く右前打を放ったのだ。今季6本目の安打だった。

 「オーー」と、驚きに満ちた歓声が銀傘と場内に響いた。ざわめきがさめやらないなか、次打者の近本光司が右翼席に逆転3ランを打ち込んだのである。

 あの本塁打は西が打たせた一撃である。好投する投手が自ら安打を放った。見ていた打者で奮い立たない者はいない。

 ましてや西は春先から打線の援護に恵まれず、防御率2点台(2・87)ながら3勝しかあげていない=記録は20日現在=。喫した7敗はすべて「タフ・ロス」。クオリティースタート(QS=先発6回以上を投げ、自責点3以下)を果たしながら敗戦投手となった「厳しい」「不運な」が登板が重なっていた。

 平然としていたが、内心は苦しかったはずだ。勝利を渇望する思いは安打を呼び、3ランを呼び込んだのである。

 指名打者(DH)のないセ・リーグで、投手の打席は綾を生む分岐点となる。代打か否かの用兵が問われる。そして、投手が打ち、打線が奮起した例はいくらもある。

 2008年5月29日には同じ5回裏、2死無走者で投手・安藤優也(現ファーム育成コーチ)が安打を放ち、勝ち越し点を含む5点を奪ったのを見た。リーグ優勝した2003年には同じく2死無走者、投手・福原忍(現投手コーチ)の安打から4点を奪っている。

 当時監督だった星野仙一は「フッと息をつき、相手をなめると、こういうことが起きるんや」と話していた。一度緩んだ緊張感を再び引き締め直すのは難しい。いわゆる「野球は2死から」の典型的な例だろう。

 監督・矢野燿大が掲げる3項目の一つ、「あきらめない」が形となって表に出たのだ。西の心は皆に通じていたのだ。

 この夜の甲子園はイベント「虎フェス♪」が開かれ、選手の登場曲は1990年代ソングが使われた。選手に西が打席用に選曲したのはエレファントカシマシの『今宵(こよい)の月のように』だった。

 不運だった自身を勇気づけるように「いつか輝くだろう あふれる熱い涙」と歌う。西は心で流した涙を振り払い、チームは皆が笑顔になれる、価値ある勝利を得たのである。 =敬称略= (編集委員)

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