【岩手】高田7回コールド発進!震災から7年…グラウンド内の仮設住宅は撤去開始

[ 2018年7月10日 09:30 ]

第100回全国高校野球選手権岩手大会2回戦   高田7―0山田・宮古水産 ( 2018年7月9日    岩手県営 )

<高田・山田宮古水産連合>初戦を突破し、高らかに校歌を歌う蒲生主将(手前左)ら高田ナイン(撮影・吉田 剛)
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 【復興へのプレーボール】100回目の夏を待っていた。高田高校は9日、第100回全国高校野球選手権岩手大会2回戦で山田・宮古水産と対戦。7―0と7回コールド勝ちを収めた。1年春から主軸を務める蒲生潤主将(3年)は、6回に中越え三塁打を放つなど初戦突破の原動力となった。東日本大震災から7年が過ぎ、今年4月からは陸前高田市内の新校舎に隣接する仮設住宅の解体作業がスタート。数年後には待望のグラウンドが戻ってくるが、復興自体はいまだ多くの課題を残している。

 相手投手の乱調を見逃さず、畳み掛けた。2点リードの7回1死。連打と死球で満塁とし、2つの押し出し四球。さらに6番・菊田の右翼を大きく越える走者一掃三塁打で一挙5点を奪い、試合を決めた。「2日雨で順延して調整が難しかったけど、ホッとしています」。蒲生主将はそう言って、相好を崩した。

 初回、最初のアウトは二直。自らのグラブで決めた。4回に四球で出塁し、続く佐々木倭(やまと)の先制二塁打につなげた。6回には先頭で中堅への三塁打。塁上で控えめに笑った。

(1年春から出場/自分よりチーム/) 抜群の野球センスを見込まれ、1年春から公式戦に出場した。2年前の夏は「3番・三塁」で出場。最後は盛岡大付に敗れたが、震災後初の8強入りを経験した。昨夏は1番打者としてリードオフマンを任され、3回戦敗退後に主将に就いた。

 「今までの全ての夏で、試合に出る時の気持ちに変化はないです。けれど今年はこの夏を迎えるまで、自分以外のことを考える時間が増えた」。佐々木雄洋(たけひろ)監督(36)からは「自分だけ良ければいいのか?」と言われた。周りを見る癖がついた。仲間の良さにより気付いた。主将としての責任感。チームが一つになることが、今は何よりうれしい。

 今年4月、震災直後に野球部専用グラウンドに建設された仮設住宅の撤去作業が始まった。当初は2年間の入居期限が定められたが、想像を超える被害により、生活の再建にメドが立たない人々が続出。災害公営住宅の整備や高台への宅地増設も進む中、いまだ役割を終えられず7年が過ぎた。

 そのため野球部は、陸前高田市内に新校舎が完成した15年以降も、練習場所は車で40分離れた大船渡市内の仮校舎グラウンドで行う日々が続く。その姿を見守り続けた住民の中から、「せめて学校のグラウンドは子供たちに返したい」との声が上がり、市もその声に同調。今後は優先的にグラウンド整備が始まる見込みとなった。

 しかし、国が掲げた復興期間は2020年までとされ、市町村への復興予算の助成もそれを持って終了する。その後は市の予算で賄うことが余儀なくされるが、地元就職を希望しても仕事がなく、故郷に戻れない若者が増えている現状もある。

 蒲生主将の父で市議会議員を務める哲さん(55)は言う。「過去3年間の成人式でアンケートを取ると、80%の子が“将来は地元に戻りたい”って言うんです。その子たちがこの街に生まれて良かったって思えた時、それが本当の復興じゃないかな」

 2012年夏。岩手大会準決勝では花巻東の大谷翔平(現エンゼルス)が最速160キロを計測し、甲子園では藤浪晋太郎(現阪神)擁する大阪桐蔭が史上7校目の春夏連覇を達成した。当時小学5年で、テレビで甲子園を観戦していた蒲生主将は気付く。「もしかして僕が高3の時って、甲子園100回大会だ」

 そしてこの日、試合前ノックで応援席から流れたハッピーバースデーソング。「ちゃんと聞こえました。その気持ちに応えたかった」。18歳を迎えた蒲生主将の夏が、ようやく幕を開けた。 (金子 しのぶ)

 <4月就任の佐々木監督手応え>4月に就任した佐々木雄洋監督=写真=は「序盤のピンチに失点しなかったことが大きかった」と振り返った。主将の蒲生を遊撃手から二塁手へ、投手だった三川を中堅手に回すなど大胆にコンバート。堅守の捕手・佐々木倭を加えたセンターラインが安定した。2日連続で順延して迎えた初戦だったが、影響は感じさせず「選手が成長した」と手応えをつかんだ様子だった。

 <村上敏大会初完封>左腕・村上敏がわずか2安打で7回を無失点で投げ切り、今夏岩手大会の初完封勝利を挙げた。直球は120キロ台ながらテンポよく切れのいい球を投げ込み、4回以降は全く危なげなかった。「(内外野の)コンバートは最初は驚いたが、守備範囲が(全体的に)広がって安心して任せることができる。今日はストレートが伸びている感覚があった」と満足そうだった。

 <佐々木倭攻守で軸>4番・捕手として攻守の中軸を担う佐々木倭は2二塁打3打点。4回には先制の左越え二塁打を放ち「少し詰まったけど(先制打になって)うれしい」と笑顔。守っても好リードで完封した村上敏を引っ張り「(3回2死満塁のピンチでも)やることをやれば大丈夫だと思ってプレーしました」と満足そう。次戦以降には「自分たちらしいプレーができれば」と話した。

 ▽復興へのプレーボール〜陸前高田市・高田高校野球部の1年 東日本大震災で甚大な被害を受けた同校硬式野球部の姿を通して、被災地の「現在」を伝える連載企画。2011年5月11日に第1回がスタート。12年3月まで月に1回、3日連続で掲載。その後も不定期で継続しており、今回が57回目となった。

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