×

【コラム】海外通信員

ユベントス・スタジアム~イタリア・サッカー場の問題点~

[ 2012年3月2日 06:00 ]

ユベントス・スタジアムは毎試合満員に近く、収入はデッレ・アルピ時代と比較し3倍以上に達する
Photo By AP

 ユベントスが06年までホームグラウンドとして使用していたトリノのスターディオ・デッレ・アルピは、ファンの寄り付かないスタジアムだった。市内からはうんと離れ、車はともかくバスや路面電車を使おうと思えばやたらと時間が掛かった。周囲には駐車場だけしかなく、そこに灰色の無機質な建造物が放置されている。収容観客数約69000人、だが多目的競技場としての使用を想定されたためトラックがあり、スタンドからピッチが遥かに遠い。おまけに日照も水はけも悪いため、ピッチ状態も劣悪…。そんなわけで、トリノはただでさえ寒いのに雰囲気まで寒々しいから、よけいに人が行きづらくなっていた。ビッグマッチ以外はガラガラだったと言っても過言ではない。

 ユベントスはもともとファンを全国区で抱え、親会社フィアットのお膝元ということ以外トリノとは深い結びつきがなかったため(トリノっ子の多くはかつて大黒が所属していたトリノを応援する)、本拠地移転も検討していたという。しかし彼らはトリノ市との協議の末、集客環境の改善と今後の経営戦略のためにデッレ・アルピを周辺の敷地ごと購入。08年から約1億3000万ユーロの費用を注ぎ込み、誰からも嫌われたスタジアムを劇的に作り替えたのだ。それが、今シーズンからホームとして使用するユベントス・スタジアムだ。

 雰囲気はずっと華やかにになった。デッレ・アルピの外見上の特長だった鉄柱とワイヤーは活かしつつ、スタンドの周囲にはイタリア国旗の緑、白、赤がおしゃれにあしらわれている。中に入れば、変化はさらに劇的だ。ピッチの外周の陸上トラックは完全に撤去され、約41000人が収容出来るスタンドの距離は非常に近く、しかも傾斜がきついためどこからでも見やすいのだ。当然全周屋根付きで、温水を使ったグラウンドヒーターなどもバッチリ完備されピッチ状態も常に良好。今年の冬は大寒波に見回れ、多くのスタジアムで試合が延期となったが、ここは大雪にも関わらず平然と試合を開催する事ができた。

 ピッチの外もファンのことを思って造られている。コンコースが広く取られ、あちこちに歴代選手の肖像画が描かれており、試合に訪れたファンは思い思いに記念写真を撮っていた。そして同じ敷地内にはクラブのオフィシャルショップのみならず、ショッピングセンターも併設。つまりは客を呼べ、しかも副収入も出るというシステムになっているのである。実際経営面でも大きな効果が出た。収容人数を減らしたにも関わらず、スタジアムからの収入はデッレ・アルピ時代と比較し実に3倍以上になっているのだという。もちろん、スタジアムは毎試合満員に近い。

 イタリアには、デッレ・アルピの予備軍があちこちにある。90年のイタリアW杯の際、税金を投じて大拡張されたスタジアムが老朽化しているのだ。常に手が入るのは伊オリンピック協会の所有・管理物であるローマのオリンピコぐらいなもので、最近はあのサン・シーロでも古さが目立ってきた。見栄えの問題だけならばまだ良い。90年に改修されたカリアリのサンテリーアはスタンドが老朽化して崩落の恐れがあるため、地元当局が一部の立ち入りを禁止した。ユーベの例にならって改修や新設をすればいいと思うのだが、実はそれが難しい。ほとんどのスタジアムは地方自治体の持ち物で、そこに私的企業が買収や資本参入をしようと思うと、法律や条例により様々な制限が掛かるからだ。例えば新スタジアム建設案にショッピングモールを加えようとしても、他の商業施設と十分な距離がなければそれもままならない。最近は、あえて商業施設の招致をせずに新スタジアム建築案を提出するクラブも出てきている。

 ややこしいのは法律の問題だけではない。用途には市議会議員を始めとした様々な人間が口を出し、改修や新築の話が頓挫するのだ。スタジアムのみならずその他の娯楽施設も組み込んでテーマパークを建設する計画を立てたフィオレンティーナは、土地の用途を巡って地元フィレンツェ市の政争に巻き込まれ、結局当初の計画を断念せざるを得なかった。ウディネでは、ウディネーゼが改修から土地管理まで全て負担する契約を市と取り付けたにも関わらず、「スタジアムの新築案では観客数が少ない!これではコンサートが招致できない」と市の商工会議所から反対され、計画が進められなかった。カリアリはサンテリーアの老朽化を予測しており、新スタジアムの計画を数年前に打ち立てたものの、その度に反対にあってたらい回しに。ようやく空港近くに用地をあてがわれたら、今度は「照明で飛行機の離着陸に支障が出る」と運輸局からダメ出しされた。

 ユベントス・スタジアムは、自前のスタジアムを持ちたかったユーベと、維持費の高い財政面でのお荷物を整理したかったトリノ市の利害が一致した数少ない例だ。他はこうはかない。UEFAファイナンシャル・フェアープレー制が導入され、純収入に見合う強化しか出来なくなるから、スタジアムを改修し収益を改善することは必然なのだがなかなか難しい。もっともそれは90年代後半から00年前半のサッカーバブルの時代に、設備投資を怠って借金を作ったクラブが自らまいた種でもあるのだが…。(神尾光臣=イタリア通信員)

続きを表示

バックナンバー

もっと見る