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【コラム】海外通信員

サンタクロースが本当にいた!! 18年フランスサッカー界

[ 2018年11月26日 14:10 ]

フランス代表を指揮するデシャン監督
Photo By スポニチ

 メンタルコーチの職業に就くドゥニ・トロシュ氏は、W杯ロシア大会が終わった直後の7月20日、世界王者になった後のリスクをこんな風に指摘した。

 「サンタクロースがいると信じてきて、それが『本当に存在していた』と気づくような感じ。何かを信じてきて最終的に本当だとわかったときのショックは絶大。『存在しなかった』と気づくショックより大きいかもしれない」

 別のメンタルコーチ、ニコラ・ディオン氏もリスクをこう予言した。「脳が準備できていないときは怪我しやすくなる。一番に起こる結果はパフォーマンス低下でもある」

 1998年に世界王者に輝いたロベール・ピレスも、数カ月間は何とも言えぬ不調に苦しんだと証言する。そもそも、あの謙虚なジネディーヌ・ジダンでさえ、世界王者とバロンドールの両方を手にした翌シーズンは、ユベントスでたった2ゴールと絶不調に陥った。

 20年後の今年、煌めく「2つめの星」を手に入れたフランス代表の面々も、まさにそれを経験することになった。

 サミュエル・ウンティティ、ポール・ポグバ、ラファエル・ヴァランヌら何人かは、容赦なく怪我に襲われた。プレスネル・キンペンベ、アディル・ラミ、バンジャマン・パヴァールら何人かは、呪われたようにミスを繰り返し、「まだ雲の上から地上に降りられずにいる」とメディアにからかわれた。

 もともとおふざけ屋のウスマン・デンベレ、バンジャマン・メンディらは、一段と高くつきつけられる要求を理解しきれず、クラブで批判にさらされた。優等生キャプテンのユーゴ・ロリスでさえ、少量ながら飲酒運転で大騒動に巻き込まれ、罠に落ちた。

 気を張り詰めてダッシュし続けたのは、バロンドールを目指すキリアン・エムバペとアントワーヌ・グリエーズマンぐらい。だがその2人も、投票が締め切られた後のオランダ戦(ネーションズリーグ、11月16日、0−2で敗北)では、見る影もなく消えてしまった。翌日の「レキップ」紙もついに、「地上への帰還」「祭りは終わった」の大見出しを打ったものだった。

 だがフランス代表の幸運は、これら全てのリスクを知り尽くしていたディディエ・デシャンという監督に率いられていることだろう。監督に見守られて選手たちも徐々に頭を持ち上げた。

 その好例がラミだ。11月11日、ついにラミがマルセイユ・ディジョン戦で執念のゴールを決める。その瞬間ラミは、体の汚れを払い落とすセレブレーションをして、人々を笑わせた。世界王者にはりつく呪いに打ち勝ったのである。

 そして今年最後の代表戦がやってきた。相手はウルグアイ(親善、11月20日)。配られたマッチペーパーの先発欄には、そのラミとママドゥー・サコ(代表をEURO2016に導いた英雄だが、潔白だったにもかかわらずドーピング疑惑でキャリアをくじかれ、W杯にも行けなかった)の名があった。プレスルームでは有名記者たちが「マジかよ、怖いぜ!」と叫んで爆笑したが、結果は堂々の完封勝利だった(1−0)。

 グリエーズマンも躍動し、W杯でゴールできずに嘲笑されてきたジルーが、自身の代表33ゴール目を蹴り入れた。グリエーズマンがPKをジルーに譲るという、美しいシーンの末だった。

 こうしてフランス代表は、「美しい年を美しく終えた」(レキップ紙)。

 終わってみれば、歴史に残る記録づくめだった。年間18試合(史上初)を戦い12勝4分2敗。W杯ノックアウトラウンドだけで11ゴールを叩き入れ、2014年ドイツと並ぶ最多記録を実現した。同ファイナルで4ゴールを炸裂させたのも、W杯史上48年ぶりの快挙だった。

 ペレに次ぐ最年少記録(19歳でW杯4ゴール)を打ち立てたエムバペは、代表年間ゴール数(9)でもティエリー・アンリに次ぐ記録を樹立。エンゴロ・カンテのW杯インターセプト数(20)も、史上初の新記録だった。もちろんデシャンは、選手としても監督としてもW杯を制した史上3番目の世界レジェンドになった。

 人々も次々と楽しい新発明をした。

 パヴァールの歌(♪バーンジャマーン・パヴァール、あなたが彼を知っていたとは思わないぜ、どこから出てきたかもわからない男、出自不明のシュート、けど俺たちにはパヴァールがいる)や、「オー、シャンゼリゼ」のメロディーに合わせたエンゴロ・カンテの歌(♪エーンゴロ・カンテ、パラパララ、エーンゴロ・カンテ、パラパララ、ちっちゃい、優しい、でも食った、レオ・メッシを、もうすぐシャンゼリゼに、エンゴロ・カンテ)が、国中に巻き起こった。

 まだまだあるが、書ききれない。2018年はフランス人にとって、「サンタクロースが本当にいた」年だったのである。12月2日にはEURO2020予選抽選会がおこなわれ、翌3日にはバロンドールが発表され、エムバペは20歳を迎え、クリスマスがやってくる。それらを経た2019年、レ・ブルーはどんな表情をみせるのだろうか。

 デシャンは全てのリスクを先読みしている。経験ある屋台骨を大事にしつつ、必要なら決断して新戦力も導入してゆくだろう。だが、サンタクロースをフランスに引き止める最後のカギは、やはり「グリエーズマンとエムバペの連係のあり方」になる気がする。(結城麻里=パリ通信員)

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