×

【コラム】金子達仁

時代の変化で移ろう地上波放送の価値

[ 2026年5月10日 06:00 ]

世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥(33=大橋)
Photo By スポニチ

 他国を訪れてみて、日本にはない習慣や文化に驚くことはいまでもある。ただ、わたしにとって人生最大の“異文化ショック”は、40年前、初めての外国でもあったメキシコでの経験だった。

 水を、買う。

 衝撃だった。水道の水が、飲めない。「飲んだらディアレーアです」と日本交通公社(現JTB)のガイド、日系3世のヤマダさんは言った。

 ディアレーア=下痢。

 仕方がないので買う。飲む。ただの水。なぜこんなものにカネを払わなければならないのか。抵抗感は最後まで消えなかった。帰国直前、ヤマダさんが大げさだっただけかも、と思って水道水を飲んでみたら、成田までの十数時間、機内のトイレから出られなくなった。

 あれから40年が過ぎた。中学生のウチの息子は、たぶん、水道の水を飲んだことがない。水は、ペットボトルかウオーターサーバーで飲むもの。ただの水がコンビニやスーパーで売られていることに驚くこともない。飲料水に対する日本人の価値観はずいぶんと変わった。

 スポーツを視聴するという行為についても、同じことが言えるのかもしれない。

 ビッグマッチが地上波で見られないことについて、長くわたしは否定的な立場をとってきた。将来的な人気低下の原因になるのではないか。競技人口が低下してしまうのではないか。マイナスの要素ばかりに目が行ってしまっていた。

 先週末、日本ボクシング界にとって歴史的な一戦が行われた。勝ったモンスターも、負けたビッグバンも素晴らしかった。

 いつの間にか、お金を払ってボクシングをテレビ観戦することに何の抵抗も覚えなくなっている自分がいた。

 わたしにとって、日本ボクシング界の英雄と言えば具志堅用高さんである。タイトルマッチの日は、サッカーの自主練習を早めに切り上げてテレビの前に陣取った。一度だけミズノのスパイクを買ってみたのは、具志堅さんのリングシューズの影響だった。

 具志堅さんと井上尚弥。全盛期の国民的認知度でいけば、ほぼ互角か、むしろ具志堅さんの方が勝っていたかもしれない。ただ、得られたファイトマネーはまったく違う。むろん、具志堅さんも大金は得たのだろうが、井上のように、1試合で人生が300年あっても大丈夫、みたいな額は稼げなかった。

 井上尚弥が日本ボクシング史上最高の選手であることに異論を唱えるつもりはない。ただ、具志堅さんの何倍も、何十倍も、何百倍も偉大だったかと問われればそれは違う。にもかかわらず、両者のファイトマネーに気が遠くなるほどの格差が生まれている原因の一つに、試合の視聴方式がある。

 地上波でボクシングが見られた時代と、お金を払わなければ見られなくなった時代。ボクサーにとって幸せなのはどちらの時代なのだろうか。

 地上波放送がなくなればファンの層が狭まる。長くわたしはそう信じてきたが、では、井上尚弥の人気は広がらなかっただろうか。

 競技人口の多寡が競争力に直結しがちなサッカーと、個人競技のボクシングを同列に論じるのは無理があるかもしれない。ただ、サッカーもまた、選手の待遇はペレの時代よりも好転した。

 わたしには馬鹿(ばか)らしいとしか思えないネット上での“投げ銭”という行為だが、息子世代にとってはごく普通のこと。彼らにとって、地上波にこだわるわたしのような人間は、水にお金が払えない不思議なヒト、なのかもしれない。(金子達仁=スポーツライター)

続きを表示

「サッカーコラム」特集記事

「日本代表(侍ブルー)」特集記事

バックナンバー

もっと見る