【コラム】海外通信員

パリに夢幻の花が咲く

[ 2024年4月23日 12:00 ]

<バルセロナ 1-4 パリSG>2得点を決める活躍でチームをCLベスト4へ導いたパリSGのFWエムバペ
Photo By AP

 「見たか! おい、見たか?!」

 理学療法士殿が、扉を開けて入ってくるなり、こう興奮した。

 「な、何の話?」

 こっちはもう施療ベッドに横たわっているのに、わが理学療法士殿ときたら、嬉しそうにこう続ける。

 「エムバペだよ! 歩いていただろ! 走りもしないし、守備なんか一度もしやしない!」

 なーんだ、その話か。チャンピオンズリーグ(CL)準々決勝ファーストレグ、パリSG(PSG)対FCバルセロナ(2-3でパリが敗北)の翌日だったのだ。

 南仏に来て早や2年。ここはマルセイユ(OM)の牙城であり、わが理学療法士殿も当然OM狂。キリアン・エムバペは大嫌いなのだ。だから嬉しそうなのである。ちなみに酒井宏樹については、「OMファンは一生サカイのことを忘れないんだ」と繰り返してくれる。

 仕方なく私は答える。「問題があるとすれば、可能な原因は二つね。一つは、本当にエムバペがもうやる気をなくした可能性。私は信じないけどね。もう一つは、ルイス・エンリケの手法がうまく回っていない可能性。ちょっと変えすぎ。もっとも・・・、もしかすると全てわざとかもよ、ふふ!」

 思えば個人的にはOMファンなのに(公然の秘密です)、南に来るとなぜかPSGファンのように扱われるから困る(なぜだ?)。ただ、ウスマンヌ・デンベレの進化については、話が一致した。理学療法士殿もデンベレは大好きなのだ。だから宥めた。「まあ、エムバペがレアルに去ったらデンベレが中心になるからさ、もうちょっと待つしかないわよ」

 それから1週間、エムバペはフランス中でもコテンパンに批判され続けた。本当にコテンパンだった。またエムバペを活かさないエンリケの起用法や戦術にも疑問が出た。ところが・・・。

 4月16日。敵地でのセカンドレグ。またしても元レンヌのラフィーニャにゴールされ、ぱっとしなかったパリが、デンベレの同点打で盛り返し、ヴィティーニャのゴールで試合逆転。「ここでエムバペが2発決めてくれれば“ルモンタダ”(レモンタダのフランス語読み)なんだけどなあ」と呟いた矢先、本当にエムバペがPKを決め、2ゴール目も叩き入れてしまった(1-4でパリの勝利)。ここ5シーズンで3回目のCL準決勝進出だった。

 何より、CLを舞台に、ホームで敗北しながら敵地で逆転して先に進んだフランスチームは、今回のパリが初めて。歴史的瞬間になった。わが理学療法士殿もこの翌日は静かだった。

 どうやらエムバペは、凄まじい批判に毒されるどころか、1週間にわたって練習でチームを牽引、ゲキを飛ばし続けたらしい。凄まじいメンタルだ。またエンリケ監督もポーカーに徹し、試合直前まで、デンベレがセンターフォワード、ブラドレー・バルコラが右サイド、エムバペが左サイドと思わせ続け、バルセロナをあっと言わせた。

 何とエムバペが、大嫌いなはずの「ピヴォ」(センターのポストプレーヤー役)をこなし、左にバルコラ、右にデンベレが登場したのである。しかもエムバペは嫌いなこのポジションを黙々とこなし、守備にも走り、最後を待ったのだった。「本当のビッグプレーヤーは、大一番で必ず何かをしてくれる」――。フランスではこんな表現がよく使われるが、その通りになった。

 そしていまパリには、巨大な夢幻の花が咲き始めている。「今年こそ聖杯を手にできるかもしれない」という、“幻想ではないかもしれない幻想の花”だ。「カタール体制13年目にしてついに・・・?」。その花はいま、強烈な香りをたちのぼらせている。

 しかもPSGは4月21日にもリヨンを撃破し(4-1)、リーグ優勝が射程内。悲願のCLを制覇すれば、クップ・ド・フランス(フランスカップ)優勝を含め、「3冠」だって達成できるかもしれない。トロフェ・デ・シャンピオンを入れれば「4冠」である。

 だが「総なめ」なんてそう簡単ではない。だいたいレアル・マドリーはやはりレアル・マドリーだ。ドルトムントも飛ぶ鳥を落とす勢いである。幻想の花は、巨大化すると、重すぎてポトンと落ちるものなのだ。

 とはいえエムバペ最後のパリを、豪華な花で飾ってやりたい気もする。メッシもネイマールも飾れなかった巨大な花で――。21日、PSG史上最多出場記録を樹立した主将マルキーニョスは、こう呼びかけた。「まだリーグタイトルがある。とりに行こう。クップ・ド・フランスもある。とりに行こう。チャンピオンズリーグもある。これも探しに行こうじゃないか!」

 夢幻の花はエッフェル塔そばに、すっくと立ち開くだろうか。(結城麻里=パリ通信員)

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