U2 新譜「ソングス・オブ・サレンダー」 春を予感させる冬の味わい

[ 2023年3月17日 09:30 ]

U2のニューアルバム「ソングス・オブ・サレンダー」
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 【牧 元一の孤人焦点】穏やかだ。少ない音、つつましい音。そこに渋く粘り気のある歌声が乗っている。U2のニューアルバム「ソングス・オブ・サレンダー」通常盤の1曲目「ワン」。そこにメンバー4人の現在の境地がうかがえる。

 アルバムは彼らがこれまで発表してきた曲を新たな解釈で演奏、録音したもの。プロデュース、編集、ライナーノーツを手がけたジ・エッジは製作の過程をこう振り返る。

 「音楽はタイムトラベルを可能にする。そこで、これらの曲を現代に持ち帰り、21世紀風に再構想したなら、どんな恩恵がもたらされるのか否か、それを知りたいと僕らは思い始めた。最初は一種の実験として始まった試みだったが、初期のU2の楽曲の多くが新たな解釈によって生まれ変わるうちに、気づけば僕らは夢中になっていた。ポストパンクの衝動は親密さにとって代わり、新たなテンポ、新たなキー、場合によっては新たなコードが試され、新たな歌詞が施された」

 例えば、通常盤の10曲目「アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー(終りなき旅)」。厚みのあるアコースティックギターの音に、カントリーシンガー風の重々しいボーカルが乗り、まるで別のバンドがカバーしているかのようだ。これは面白い。

 14曲目「サンデイ・ブラッディ・サンデイ」は1972年の北アイルランドの「血の日曜日事件」をテーマにした曲。一連のアレンジの中での仕上がりが事前に全く想像できなかったが、聴いてみると、エキサイティングなアコースティックギターの伴奏によってオリジナルの熱量がちゃんと伝わって来る。ジ・エッジはこのアルバム全体について「本当に素晴らしい曲というのは、容易に破壊されないのかもしれない」と話している。

 U2を初めて聴いたのはアルバム「ヨシュア・トゥリー」だった。俳優の石原裕次郎さんが亡くなり、俵万智さんの歌集「サラダ記念日」がベストセラーになり、マイケル・ジャクソンやマドンナが来日した1987年のことだ。アルバム冒頭の「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム(約束の地)」から「アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー(終りなき旅)」「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」まで聴いた時の衝撃と興奮はいまだに忘れられない。

 あれから36年もの時が流れた。入社して間もなかった記者は定年間近になり、一方、ボーカルのボノは62歳、ギターのジ・エッジは61歳、ベースのアダム・クレイトンは63歳、ドラムのラリー・マレン・ジュニアは61歳になった。自分自身の変化を思えば、4人が求める音楽の変化も十分に理解できる。

 ニューアルバムを聴いた後、聴き直してみたいと思ったのは「ヨシュア・トゥリー」ではなく「アクトン・ベイビー」だった。1991年に発売されたアルバムで、「ヨシュア・トゥリー」や88年の「魂の叫び」からの大胆な作風の変化に、当時、強い違和感を抱いたことを思い出す。ところが、およそ30年ぶりに耳にしてみると、意外なほどしっくりくる。「アクトン・ベイビー」後の彼らの軌跡をいま振り返れば、このアルバムも彼らの王道の一環だったと感じる。時を重ねることで、そこから得る感覚が変わることもある。音楽は奥が深い。

 季節に例えれば「ヨシュア・トゥリー」や「アクトン・ベイビー」などは夏で「ソングス・オブ・サレンダー」は冬だろう。しかし、冬の後には必ずまた春が訪れる。「ソングス・オブ・サレンダー」にも春の予感が確かに内包されていて、ぬくもりも感じる。そして、5年後、10年後に聴き直すと、また違う印象を受けるかもしれない。

 彼らは今秋に米・ラスベガスで「アクトン・ベイビー」と題したライブを開催することを既に発表している。夏の訪れもそう遠くなさそうだ。

 ◆牧 元一(まき・もとかず) 編集局総合コンテンツ部専門委員。テレビやラジオ、映画、音楽などを担当。

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2023年3月17日のニュース