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【コラム】海外通信員

ブラジルサッカーの危機と今後の期待

[ 2014年8月10日 05:30 ]

14年7月22日就任会見で笑顔を見せるブラジル代表ドゥンガ監督(右)とブラジルサッカー連盟ホセ・マリア・マリン会長
Photo By AP

 「まるで悪夢のようだった」「何が起きているか信じられなかった」「とても観ていられなかった」

 W杯ブラジル大会準決勝のブラジル対ドイツ戦のことをブラジル人たちはそう語った。7―1という前代未聞の惨敗は、試合前からドイツが優勢とわかってはいたが、ここまでひどいスコアになるとは誰も想像できなかった。ポルトガル語で7―1のスコアを『セッチ・ア・ウン』と言うが、ブラジル人の心に永遠に『セッチ・ア・ウン』は恥辱の歴史として残ることになった。

 ほとぼりさめやらぬころはスコラーリ監督が無能だと言ったり、ブラジルに天才肌の選手が生まれないのは育成部の指導が悪いからだとエキセントリックに言う人もいた。

 W杯の合宿での練習がおざなりだったという意見もあったし、選手のメンタルに問題があったなどさまざまな意見が飛び交った。

 一つ一つが惨敗の要因かもしれないし、そうでないかもしれない。

 ブラジルサッカーが抱えている問題は、サッカー界の整備が進んでいないことだ。元々州単位でサッカーが成長したこともあり歴史的に州ごとの自治制が強く、なかなかまとめきれない土壌がある。

 ブラジルサッカーのスケジュールは、大まかに言えば、上半期に州選手権があり、5月から全国リーグが始まる。知らないと勘違いすることだが、州選手権が全国リーグの下部リーグなのではなく両者は独立した存在だ。それゆえ、コリンチャンスやフラメンゴなどのビッグクラブもそれぞれの州の選手権を戦い、5月から全国リーグを戦う。それほど州サッカー協会の力は大きい。

 また、日本なら日本サッカー協会とプロのJリーグは別団体であるが、ブラジルはブラジルサッカー連盟(CBF)がアマチュア界とプロリーグの両方を牛耳っている。

 ブラジル経済の向上とともに社会は大きく変容を遂げているわりに、サッカーというポテンシャルを持った資源がありながら、リーグを整備して欧州のようにブランド化するには至っていない。CBFはセレソン(ブラジル代表)だけをブランド化して売っている。しかし、セレソンをブランド化するだけでは、ブラジルリーグを強化して、ビジネスとして成功させ、収入を増やし、良い選手を連れて来る、またはキープするほど金銭的に魅力のあるリーグにはなりはしない。若手選手の海外への流出は止まらず各クラブは選手集めに苦労し、半年ごとの欧州移籍マーケットのたびにチームを解体するというローテーションになっている。欧州とのスケジュールの兼ね合いも問題だ。

 観客数の減少も問題だ。平均6万人の観衆を集めるドイツや、スペイン、プレミアなどと比べようもないが、北米のサッカーリーグMLSにもブラジルは負けている。MLSの平均観客数が1万8千人に対して、ブラジルリーグは4000人も少ない1万4000人に過ぎない。これがサッカー王国の現状だ。

 8月2日にサンパウロ市のモルンビースタジアムで行われたブラジル全国リーグ、サンパウロFC対クリシウーマ(呂比須ワグナー監督。結果は1-1のドロー)戦にはカカーが出場するかもということもあり久々の大観衆46000人が集まったが、翌日同市内パカエンブースタジアムで行われたパルメイラス対バイア戦は15000人だった。

 ブラジルのクラブは半年ごとにチームが解体され、選手が定着しない。人気の出た選手はすぐに海外に出て行ってしまう。クラブが引き止める経済力はない。スター選手の不在はファンをスタジアムに引き寄せる一番の魅力を半減させている。そして、クラブは財政難に…。良い選手の取り合いは世界レベルで起きており、競争相手は市内のライバルチームだけではないのだ。

 そんな中、ネガティブなニュースが流れた。世界で人気を博すFIFAサッカーゲーム(EAスポーツ)の2015年バージョンにブラジルのクラブは一つも入らなかったのだ。EAスポーツによると、ブラジルにサッカー選手協会がなく著作権の交渉を一人一人の選手と交渉するのが非常に困難なためブラジルのクラブを外すことにしたという。クラブや選手やポテンシャルとは別のオーガニゼーション、整備という障害がブラジルサッカーの低評価につながっているのだ。

 かねてから抱えていたブラジルサッカーの危機感は『セッチ・ア・ウン』ではっきり浮き彫りになった。痛みは大きかったが、前進への一歩になっていることに違いない。

 希望も多いにある。

 まず、クラブが動き出した。長年の借金体制で財政がボロボロのクラブが多いが立て直そうと7月12日に主要クラブ12が結集してジウマ・ルセフ大統領に『クラブが抱える借金の債務整理と新たな借入金の許可』を陳情したのだ。一度財政をきれいにして、その後も赤字経営を続けるクラブはリーグに参加させないというペナルティーを設け、クラブ、リーグ運営の安定を図るためだ。そのために政府に約20億レアル(約1800億円)の借入金を法案で許可して欲しいと。現時点で、どうなるかはまだわからないが、今後、国会で話し合いがもたれる可能性が高くなってきた。

 さらに、ブラジル最大のテレビ局であり、主なサッカーリーグの放送権を持つテレビグローボも行動を起こすことにした。試合時間やスケジュールなどグローボの意向はサッカー界に大きな影響を及ぼしている。そんな権力を持つグローボはこの8月いっぱいをかけて、主要20クラブとブラジルサッカーの今後について話し合いの場が持つことにしたのだ。一斉会議ではなくグループごとに何クラブかを集めての懇談スタイルだが、その議題は選手育成から、スタジアムの活用、クラブ運営、財政、年間スケジュールにまで至る。

 そして、次に期待されていることは、本来なら一番に動き出さなければいけないトップに君臨するCBFがブラジルサッカーを支えるクラブとどう手を取りあうか。今、まさに全員が一丸となって、ブラジルサッカーの改善という一つの目標に向かっていかなければならないのだ。

 上層部からの大きな動きとともにブラジルサッカーにはまだまだポテンシャルがあることを若者たちが証明してくれている。ブラジルのクラブのユース世代は国際大会でタイトルを獲得している。

 5月にカタールのドーハで行われたカタールサッカー協会主催のアスピリ・トリ・シリーズ国際大会でパルメイラスのU―17がデンマーク代表を破ってタイトルを手にした。

 7月にドイツのオーフェンドルフで行われたオーフェンドルフU―19国際大会(94年創設)でブラジルのフルミネンセがフライブルグを破って2連覇を達成した。参加チームはフルミネンセ、フライブルグ、レバークーゼン、フランクフルト、ニューカッスル、ハイデュク・スプリット、マインツ、シュワルツワルドなどドイツのクラブが多かったが、決してブラジルの選手育成がドイツに劣っている訳ではないことをフルミネンセは結果で示した。

 また、北アイルランドで行われていたミルクカップ2014(83年創設)は31年の歴史あるユース大会で3つのカテゴリーに分かれて世界各地からチームが参加した。ジュニアユース世代(U―15)ではエバートン、リバプール、グラスゴー・レンジャース、メキシコのグアダラハラ、日本からJFAアカデミーなど28チームが戦って頂点に立ったのがコリンチャンスだった。得点王とMVPに輝いたファブリッシオは将来の有望株になるだろう。

 パルメイラスのブルーノ・ペトリ監督、フルミネンセのマルコス・ヴァラダーレス監督、コリンチャンスのマルシオ・ザナルジ監督は、偉大なるプロ選手だったわけではない。選手を育てることに情熱を持ち、研究,勉強をしてサッカーに取り組んでいる若い世代だ。旧態依然に留まっていない若い指導者はたくさんいるし、実際に彼らはブラジルの育成年代の強さを証明してみせてくれている。ペトリ監督は「指導者として勉強は欠かさないが、選手の個性をポジティブに伸ばすことが何よりも大事」と言う。

 育成部の監督を『セッチ・ア・ウン』の戦犯にするのはとんだお門違いだ。反対に、彼らのお陰で、まだまだブラジルサッカーにはポテンシャルがある!未来がある!と我々は信じられる。そして、この先、彼らの仕事がもっと認められ、もっと良い結果が出るような体制を整えなければならない。

 『セッチ・ア・ウン』はブラジルサッカーに危機をもたらしたが、未来への期待はそう簡単には死にやしないのだ。(大野美夏=サンパウロ通信員)

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