【コラム】海外通信員

フットボールクラブに求めるもの マドリード二大巨頭のサポーター

[ 2018年12月22日 12:00 ]

9月リーグ戦で行われたマドリード・ダービーはスコアレスドローに終わった
Photo By AP

 フットボールクラブ及びチーム、またそれらのサポーターにはそれぞれ個性・気質があるとされるが、それを言い表すこと、違いをはっきり提示することは難しくもある。「このチームはあきらめない」「最後まで勝利を目指して戦う」「サポーターはチームを誇りに思っている」など、そうした違いを定義する言葉は、表面的にはほとんど同じだからだ。

 しかしながら、その違いをはっきりと感じられる、しっかりと比較できるケースも存在している。スペイン首都マドリードの二大巨頭であるレアル・マドリード、アトレティコ・マドリーは、その最たる例として挙げられるだろう。かつてはレアルが富裕層、アトレティコが労働者階級に支持されてきたが、今もそのままかは定かではない。マドリードに住んでいると、自身のフットボールの見方と一致する、共感する存在の方に寄り添っているように思える(ちなみにスペインのフェリペ国王とペドロ・サンチェス首相はアトレティコのサポーターとして有名だ)。

 マドリードのいたるところにあるバルでは、常日頃からレアルとアトレティコのサポーターが意見を戦わせている。レアルサポーターの決まり文句は「私たちは世界最高のクラブ」というもの。彼らにとっては、勝つことは当たり前。フットボールは勝つことを前提としている。片やアトレティコサポーターの決まり文句は「人生は勝つだけではない。たとえ苦しくても、うまくいかなくても、最後に報われればいい」という、フットボールを人生そのものに見立てるものである。

 それはサポーターの応援方法にも明確に表れる。ここ最近には、象徴的な試合が立て続けにあった。12月8日のリーガ第15節、アトレティコは本拠地ワンダ・メトロポリターノにアラベスを迎えたが、1−0リードで迎えた後半にはアラベスに攻め立てられる時間が続き、これを受けたサポーターは声援を一際大きくしてチームを後押し。その後アトレティコは2ゴールを加えて3−0の勝利を飾った。ディエゴ・シメオネ監督は試合後会見で、「私たちが苦しんでいるとき、ファンは試合に参加しなければいけないと理解してくれた」と満足気に語っていた。

 そして12月15日のリーガ第16節、レアルは本拠地サンティアゴ・ベルナベウでのラージョ戦に臨んだが、そこにあった光景は1週間前のアトレティコの試合とは対照的だった。開始早々にカリム・ベンゼマが先制点を記録したレアルだったものの、その後に攻めあぐねてリードを広げられずにいると、スタジアムは後押しするどころか次第に沈黙するようになり、ミスをした選手にはブーイングを浴びせるようになった。ベルナベウの記者席からは観客の様子がはっきり分かるのだが、彼らは隣の人に不満を口にしたり、気に入らないプレーには手を上げて抗議をしたりしていた。観客からの重圧にもさらされたレアルは結局、ベンゼマの先制点を守り切る形で辛勝。翌日、スペインのスポーツ新聞『アス』は、「ベルナベウはうんざりしている」との見出しを打っている。

 この二つの試合は、両サポーターの決まり文句をまさに反映しているようだった。ただ、二つの応援方法の一方が悪くて、もう一方が良いという話でもないだろう。

 レアルのサポーターは自分たちが「世界最高」であるという自負があり、だからクラブやチームに対してそれ相応の重圧をかける。それはフロレンティーノ・ペレス会長も「このクラブは世界一厳しい要求を課される」と認めるところであり、1950年代にクラブを現在のような地位に押し上げた故サンティアゴ・ベルナベウ元会長も「公で重圧にさらされるのは良いこと。風当たりが強ければ、それだけ人として成熟できる」と話していた。彼らはそうした重圧にさらされながら、今の地位を占めてきたのだ。加えてチャンピオンズリーグのノックアウトラウンドでほかのビッグチームを相手取るとき、ベルナベウの観客は自チームの品評会を止めて、物理的にもスタンドが揺れる凄まじい雰囲気が生み出す。その際には「世界最高」の自負と意地がポジティブに働く……ただ、もちろん負けてしまえば健闘を称えるのではなく、クライシスが騒がれることになるのだが。

 片や、昔から熱いサポーターの存在で知られてきたアトレティコは、シメオネ監督の到着以降、チームが苦境に立たされたときの応援がさらに強固になった。アルゼンチン人指揮官の「ヌンカ・デヘス・デ・クレール(信じることを決してやめるな)」という言葉は、クラブのオフィシャルショップやそこで売られているグッズにも記されるなど、商業利用されるものとなったが、サポーターはその言葉を強く、強く信じている。実際、シメオネ監督率いるチームは、チャンピオンズリーグとクラブ・ワールドカップ以外のありとあらゆるタイトルを獲得してきたのだから、信じる根拠ははっきりとある。今現在、アトレティコはシメオネとともにスペインを代表するビッグクラブから欧州を代表するメガクラブへと変貌を遂げようとしており、その道程の中で彼らのアイデンティティー、文化はより強固なものになりつつあるようだ。

 さて、今日もマドリードのバルでは、レアルとアトレティコの信奉者が決して噛み合うことのない主張を押し通そうとしている。

 「アトレティコの人間は人生でもフットボールでも苦しみ続ければいいさ」

 「マドリーは世界最高とか、結局お前らもそんな空虚な意地のせいで苦しんでいるじゃないか」

 もちろん、こうしたやり取りは日々に張り合いを、楽しみを生むためにある。そしておそらく、政治やら何やらと絡められることもあるフットボール自体も、本来はそのために存在しているはずだ。あなたがフットボールクラブに求めるものは、何でしょうか?(江間慎一郎=マドリード通信員)

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