×

【コラム】海外通信員

アトレチコ愛 シメオネがこだわる理由

[ 2017年8月7日 05:30 ]

アトレチコ愛を貫くシメオネ監督
Photo By スポニチ

 「アトレティに到着してからきょうで丸23年。期待、情熱、専心、己を超える意欲は、まるで最初の日のように脈を打ち続けている」アトレティコ・マドリードを率いるディエゴ・シメオネは、2017年7月27日に自身の『ツイッター』アカウントでそうつぶやいた。

 選手時代のシメオネがアトレティコに加わったのは1994年のことで、それから3年間プレー。その後インテル、ラツィオとイタリアで6年を過ごし、2003年にアトレティコに復帰して今度は2年在籍した。アトレティコに指揮官として帰還したのは2011年12月で、ここまで6年間にわたって指揮を執っている。欧州の主要1部リーグで彼よりも長く1クラブにとどまっているのは、1996年にアーセナルの監督に就任したアーセン・ヴェンゲルのみ。監督がすぐさま入れ代わるリーガでは、異例の長期政権だ。

 シメオネがよく口にする言葉に、ペルテネンシア(pertenencia)がある。日本語にすれば帰属意識だが、マネーゲームの様相が色濃い現代フットボールにおいては、なかなかに扱いが難しい言葉でもある。

 欧州を代表するビッグクラブは加速度的に選手層を厚くしており、中小クラブとの戦力差を広げている。最近の若手選手に大金を投じていく流れも、中小クラブの希望を摘む一因となった。ビッグクラブからオファーを受けた選手は、高額な年俸を受け取ることはもちろん、キャリアのステップアップのためにもそうした誘いをすんなり受け入れる。中小クラブのアイドルが「このクラブのことはいつだって心にある」と語り、ビッグクラブへ移籍してファンのひんしゅくを買うことは頻繁に起こる現象となった。そして高年俸のほか、自分の理想のプレーを実現するために好きな選手を揃えられるクラブからの誘いは、監督にとってどれほど魅力的に映るのだろうか……。だからこそチェルシーなどから声をかけられながら、いまだアトレティコに固執し続けるシメオネは異様な存在に映る。

 シメオネはアトレティコとのつながりについて、こう述べたことがあった。

 「アトレティコの人々とは、すぐさま心を通わせることができた」

 そう感じられた理由は、おそらく多岐にわたるはずだ。アトレティコの昨季までの本拠地ビセンテ・カルデロンがマンサナレス川に面しているため、同クラブの人々がインディオスと呼ばれており、片や自身の愛称がインディオ、メスティーソを意味する“チョロ”であること。アトレティコが歴史的にアルゼンチン人を中心に南米の選手を多く抱えてきたクラブであること。アトレティコファンの熱狂ぶりが、アルゼンチンのファンに似ていること。アトレティコファンが献身の姿勢と情熱が透けて見えるカウンター戦術を昔から愛し、「フットボールはボールのない競技」と説く自身のプレー哲学と一致すること……etc。

 しかし、そうした幸福なる偶然の連鎖が前提にあったとしても、シメオネがアトレティコで指揮を執り続ける最たる理由は、やはり彼自身の気質にあるのだろう。

 “チョロ”は「場所を変えるためだけに変えるのは好きじゃない」と一度愛した場所にとどまることを好み、アトレティコからインテルに移籍する際には「俺は行かない。絶対に行かない」と駄々をこねた。(その後には、イタリアでも素晴らしい思い出ができたと話したが。)選手として再びアトレティコに在籍し、満足に出場機会を得られなかったときには「愛する場所に戻ってくるためには最高の別れ方が必要だ」と、自ら退団を決意して監督として戻ってくることを誓った。そして「自分の名がいくら通っていようとも、アトレティコであれば危機的な状況でしかオファーを出してくれないだろう」と、アトレティコに監督として帰還を果たすにしても、リスクを伴う挑戦になることを覚悟していた。

 シメオネは一つの場所にこだわりを持つ、それはもう執着的なまでに。監督としてアトレティコに戻ってきたのは、降格圏に近い順位に位置するという実際に危機的な状況だったが、そこから国王杯&リーガエスパニョーラ優勝、チャンピオンズリーグで2度の決勝進出とクラブ史上最大の黄金期をもたらしたのは周知の通り。シメオネがアトレティコの一部ファンから“神”と称されるのも無理はない。だがしかし、彼を救世主たらしめたのは、愛する場所、帰属意識を感じるクラブにこだわることのできる強い信念があってこそだ。

 シメオネが有する帰属意識は、選手たちにも伝染していく。彼は次のように語っている。

 「何人かの選手は、新入りに対してアトレティコが良いプレーをするだけでは意味がないと理解させる上で、大きな影響力を持つ。アトレティコに到着する選手に良質なプレーを実現する力があるのは当たり前だ。鍵を握るのは、人生に取り組む姿勢そのものなんだよ。私たちは今いる場所に帰属意識を持っている。選手たちはその意識の価値を示している」

 シメオネが言う「何人か」が指すのは、フェルナンド・トーレス、ガビ、コケといったアトレティコの下部組織出身選手はもちろん、ゴディン、フアンフランらシメオネ同様に外部から加わりながらも、ビッグクラブの誘いを断ってきた選手たちのことだろう。シメオネのアトレティコは、彼らとともに歩みを進めてきたのだ。そしてチャンピオンズリーグ出場権獲得を最低限とする確かな結果を残して、クラブは確実に成長を果たしてきた。2009〜10シーズンには1億2200万ユーロだったアトレティコの予算は今季に3億4000万ユーロとなり、トップチームの予算は8000万ユーロから2億6000万ユーロまで増えた。シメオネは欧州を代表するビッグクラブに渡るのではなく、アトレティコをスペインのビッグクラブから欧州のビッグクラブに変化させようとしている。

 昨季で使用を終えたカルデロン最後の公式戦、アスレティック・ビルバオ戦終了後にはセレモニーが行われたが、最後にマイクを握ったシメオネは、心を通わせる観衆に向けて自身の退団報道を一蹴するとともに、アトレティコとともに未来を紡いでいく意志を示した。

 「ほかのチームはもっと金を持っているし、もっとトロフィーを獲得している。しかし君たちがこのクラブを思う気持ちにはかなわない。最後に、報道陣が私の将来を何度も聞いてくるから、今ここではっきりさせておく。ああ、残るよ。私はここに残る。なぜなら、このクラブには未来がある。未来とは、ここにいる私たち全員のことだ」

 シメオネは、これからもアトレティコで指揮を執っていく。契約的には最後のシーズンとなるが、アトレティコは彼の妹で代理人を務めるナタリアとの契約延長交渉に着手し、合意まで間近に迫っている。しかしながら「去り際は見極めなくてはならない」と彼自身が語っている通りに、自分がチームを指揮し続けることがマイナスになると考えれば、そのときに潔く身を引くのも“チョロ”という監督である。それも愛ゆえ、帰属意識があるゆえに。そして、おそらくその後も、やはり所縁のないクラブには行かず、ラツィオ、インテルなど選手として慣れ親しんだクラブ、はたまたアルゼンチン代表で指揮を執るのだろう。

 ……ただ、シメオネがアトレティコでビッグイヤーを掲げる姿は、ぜひとも目にしたいものである。もし、それが現実のものとなるならば、アトレティコへの愛に生き、アトレティコに対する愛にこだわり続けてきた監督が、この現代フットボールに感動的なカウンターを食らわせる瞬間となるはずだ。(江間慎一郎=マドリード通信員)

続きを表示

バックナンバー

もっと見る