梅宮アンナ母 緊急入院していた ICUで治療 12月に他界して3年の辰夫さんに「元気よと伝えたい」

[ 2022年11月22日 10:30 ]

スポニチアネックスの取材に応じた梅宮クラウディアさん
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 タレント梅宮アンナ(50)の母親クラウディアさん(78)が緊急入院していたことが21日、分かった。クラウディアさんはスポニチアネックスの取材に応じ、現在の体調、来月12日に亡くなって3年になる夫で俳優梅宮辰夫さん(享年81)への思いを語った。

――今秋に入院されたと聞きました。
「9月25日でした。その2日ぐらい前、私は普段、すごく丈夫なのに、夜中になって生ツバばっかり出て、どうしたのかしら?って心配になって。数日後に友人と沖縄旅行に行く予定だったから、旅先で具合が悪くなったら嫌なので病院に行って検査を受けました。そうしたら“入院です”って言われたわけ。病名は大動脈解離。自分では元気なのにどうしちゃったの?って思ったから、“えーっ、入院なんてできないですよ。旅行があるから無理です”って言ったら、“いいえ、だめです。とても大変な病気ですよ。今日から入院です”って話しをされて、そのまま、4日間ICU(集中治療室)に入りました」

――ICUに入ったんですね。
「放っておいたら死んでいたかもしれない怖い病気って聞きました。ICUに入った時には、とにかく安静にしてなきゃいけないって言われて。自覚症状がなかったから、そこまで自分がそんなにひどい状態とは分かっていなかったので不思議だった。“ビックリするような大変な病気ですよ、だから、絶対動かないでくださいって。(患部が)裂けかけてる”って言われました」

――大動脈解離はどこに見つかったんですか?
「腹部です。全然痛みがなかったし、病名を聞いてもピンと来なかった」

――入院中の様子は?
「手術はせずに薬を飲んで点滴を受けていました。おなかのここ(左の下腹部)になんとなく違和感があったけど、気持ち悪いとか、具合が悪いとかはなくて、全然元気にしていたわけ。退屈してしまって早く家に帰りたかった。主人が何度も病気をして入院していたから、“私も一度でいいから入院してみたいわ”なんて言っちゃったりしていたくらい。今回が初めての入院。どういうものなのかな?なんて思っていたけど、そんな甘いもんじゃないのよね。結局13日間入院しました」

――アンナさんは心配していたでしょうね。
「病名を聞いて驚いていました。ただ、コロナの感染予防でお見舞いには誰も来られないことになっていたし、アンナにはもともと米国に行く予定があったので“私は大丈夫だから”って、予定を変更せずに行ってもらいました。入院中、病室から“もう帰りたい”って話したら怒っていました」

――大事になる前に治療を受けて良かったですね。
「いつもは病院になんてなかなか行かないのに、今回はたまたまだった。何かの知らせだったのかなって思ってます」

――ご主人の梅宮辰夫さんが助けてくれたとか…。
「どうでしょうね。もしパパから“ねえ、早くこっちに来て”って言われても“まだ嫌よ”って断ります(笑い)」

――退院後はどのような生活をしているんですか?
「病院からもらったお薬を毎日飲んでいます。あまり激しい運動はしないように言われていますけど、好きなモーニングを食べに行ったり、お茶したり…普段通り生活しています」

――辰夫さんが亡くなってからもうすぐ3年。思い出すことはありますか?
「思い出すというか、私は1人でいるのが好きじゃないの。主人が亡くなった後、1人住まいした時期もあって、クリスマスの日なんて特にいたたまれなくて、もうワンワン泣いたりしたこともありました。それだけ大きな存在だったと思います」

――今はアンナさんと暮らしている?
「都内のマンションで2人暮らしです。孫の百々果は米国留学をしています。アンナは“パパが残してくれたものの中で私(クラウディアさん)が一番大変だ”って言うのよ。私は“そんな大変かな?”なんて思っちゃうけど(笑い)。パパがいなくなって、アンナは一生懸命やってくれています。でも家に男性がいてくれた方がいいと私は思っているからアンナが再婚してくれればいいのにって思っているけど“ママがいたらできるわけないじゃない!”って言うの。そんなことないわよね?」

――辰夫さんから“何もしなくていい”とプロポーズを受けたんですよね?
「“お前は何もしなくていいから、床の間に飾りたい”でした。でも、私もお洗濯とかしましたし、何もしなかったわけじゃないけど、主人は何でもしてくれて最高の人でした。主人と結婚して本当に良かった。いないわ、あんな人」

――どんな方でしたか?
「趣味が多かった。特に釣りと料理が大好きで。デートで一緒に釣りに行くことが多かったけど、私はしないからスリーピングバッグ(寝袋)に入って雑誌なんか読んだりしていました。全然ムードがあるデートじゃない(笑い)。料理は、だしからきちんと取るから何時間も台所に立ちっぱなし。“少し座れば”って言うと“いいんだ、好きなんだから”って。怒っても10分後には“もういいよ”って。優しい人でした。一緒にいたのは52年だけど、そんなに長く感じなかった」

――残してくれた言葉は?
「それがないのよ。(辰夫さんが最期に暮らした神奈川県)真鶴の家では主人は寝室ではなくて、海が見えるリビングのソファで寝ることが多くて、(亡くなった)その日もそうだった。夜中に見に行ったら、様子がおかしくて、それきり。(生前に)何かあった時に困るから大事なことは書いておいてねって頼んでいたんだけど、残していたのはレシピだけだった」

――今のクラウディアさんを見せたいですか?
「自由にしちゃっているから見せたいとかはないわね。ただ、こうして生活できているからありがたいと思っています。81歳で亡くなったけど、もっと一緒にいたかった。闘病中は苦しそうな時も多くてかわいそうだったわね」

――12月12日の命日には何かしますか?
「特別にはしないの。主人がそういうのは嫌いだったから。本人が嫌いだったからお線香もあげない。アンナと一緒にお墓に行くぐらいかな。その時、声を掛けようと思っているの。“私、元気でいるのよ”って」

 ▽大動脈解離 大動脈解離は大動脈の内膜に亀裂が入り、裂けてしまう症状。本来、流れていない場所に血液が入り込み、胸や背中に激痛が走る。原因は動脈硬化や高血圧など。循環器疾患による突然死としては心筋梗塞に次いで多いとされる。突然発症することが多い。故石原裕次郎さんや、加藤茶(79)らは発症後、緊急手術を受け一命を取り留めている。

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