【内田雅也の追球】「球際」での弱さ見えた阪神 迫る巨人を気にするより大切にしたい純粋さ

[ 2021年8月21日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神0-6中日 ( 2021年8月20日    バンテリンD )

<中・神12> 2回1死一、三塁、ロハスは京田の打球に飛びつくも及ばず(撮影・大森 寛明)
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 阪神監督・矢野燿大はスポニチ本紙の新春インタビュー(大阪本社発行版・1月3日付掲載)で昨年を振り返り「ジャイアンツに対しての意識はさらに強くなった」と語っている。8勝16敗と負け越し、そのまま優勝した巨人との7・5ゲーム差につながっていた。「優勝するために」と打倒巨人を誓った。

 では、巨人との差は何だったのか。矢野は「球際の差で負けたと思っている」と分析していた。

 「球際」である。ボールとグラブ、ボールとバットが接する「際」だ。

 幾度か書いてきたが、球際は巨人V9監督、川上哲治の言葉である。著書『遺言』(文春文庫)で「球際」は<わたしの造語で、相撲の土俵際の強さから採ったものだ>と明かしている。<要は土壇場ぎりぎりまであきらめない、粘り強いプレーのことである>。

 この夜の阪神は球際に弱かった。2回裏の大量5失点にはことごとく守りのミスがからんだ。無死二塁で糸原健斗が一、二塁間のゴロを弾いた(失策)。1死二、三塁で三塁前ボテボテを大山悠輔が握り損ない、本塁送球が間に合わなかった(野選)。メル・ロハス・ジュニアは左中間飛球に飛び込んだがグラブに当ててこぼした(安打)。

 先発の西勇輝は依然不調で、球が高く、直球が走らない。守りがこうも乱れては味方のミスを救って踏ん張るという、いわゆるエースの投球は今の西には望めない。

 打線は中日・柳裕也に完封された。これもインパクトという球際で負けていたと言える。たとえば、打者有利の3ボール1ストライクで近本光司が2度、大山が1度、凡飛・凡ゴロに倒れている。いずれも狙って打ちにいったはずの直球だった。

 矢野は4回裏の守りから二塁・糸原を下げ、木浪聖也を入れた。5回裏からは捕手を梅野隆太郎から坂本誠志郎に替えた。主力の心身に疲れが出ているかもしれない。この日は東京から名古屋への移動ナイター。きょう21日はデーゲームが待っている。夏のロードの正念場である。

 川上は球際に強い選手の筆頭に長嶋茂雄をあげていた。そして<計算してやるのではない><もっとも純粋で崇高>とたたえていた。

 その長嶋があこがれていたと言うのが、阪神の先人であり「猛人」と呼ばれた藤村富美男だった。「ミスター・タイガース」である。長嶋は「学生時代からあこがれていた人です。長いバットでチャンスに強い。独特の個性でファンにアピールする藤村さんのような選手になりたいと思っていた」と語っていた。

 川上が書く<捕れそうにない球を飛び込んでいって捕って、捕れなければグラブではたき落としてでも食い止めるプロの超美技>は、長嶋以前に藤村が見せたプレーだった。

 藤村は「幸せ」だった。藤村の生涯を追った南満萬の『真虎伝』(新評論)に妻・きぬが晩年に聞いた話がある。「ほんまにオレは幸せやった。いい商売を見つけた雨降ったら試合はないし、天気でも2~3時間やったら終わり。オレはほんまにいい商売見つけたわ」。川上の書くように<計算抜き>だったのだ。

 2位巨人が迫る首位の「際」である。順位が気になるのは仕方がないが、いざ、球場に行けば、野球に没頭したい。邪念を捨て、ひたむきになることだろう。 =敬称略= (編集委員)

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