【内田雅也の追球】「一寸先は闇」の「霧」 どん底の阪神に求める「平常心」

[ 2020年7月4日 08:00 ]

01年、開幕連敗からの驚異の巻き返しでプレーオフ進出を果たしたアスレチックス(AP)
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 戦争中である。深夜、部隊は山中から海岸に出ようとしていた。霧が出ていた。偵察隊が目を凝らす。照明をあてても何も見えなかった。部隊に戻り「敵はいません」と報告する。本当にいないのか。行くか、退くか。隊長は決断を迫られる。

 <見えないからといって、そこに存在しないということにはならない。霧を甘く見るな。霧は思っているより濃いかもしれないのだ>。

 セイバーメトリクスにつながる野球の科学的・統計的分析の先駆け的存在、ビル・ジェームズが書いた『野球抄』である。アメリカ野球学会(SABR)誌に2004年に掲載された。タイトルは『霧を甘く見るな』。

 懸命にデータを集め、分析し、予測を立てるのだが、それでもまだ他にもっと有用なデータがあるかもしれない。「霧」が完全に晴れることはないのだ。

 阪神は開幕前、結構な数の評論家が優勝候補にあげていた。それだけの戦力があると見ていたわけだ。フロント陣も新外国人選手の補強や若手の成長を見込んでいた。フロント内には統計的分析を行う専門部署も職員もいる。一定の手応えを得ていたはずである。

 ところが開幕すれば、貧打に加え、自慢の投手陣が崩れ、12試合を終えて何と2勝10敗。今季は120試合制のため、ちょうど100敗ペースである。

 しかし、統計的に言えば、100敗はありえない。今のチーム打率2割1厘、1試合平均得点2、チーム防御率5・38……なども、まだたった12試合だけのものだ。試合を重ねていけば、おのずと数値は上がり、改善されてくる。それが統計予測というものだ。

 大リーグ評論家、福島良一が3日朝、ツイッターで2勝10敗について<大リーグでは2001年アスレチックスが開幕2勝10敗(中略)驚異の巻き返しを図り、プレーオフ進出>とつぶやいていた。<まだシーズンは始まったばかり。世の中がこんな時だからこそ頑張って欲しい>。

 あの9・11同時多発テロがあった01年は大リーグ担当でニューヨーク支局にいた。当時のアスレチックスは映画にもなった『マネー・ボール』の主人公ビリー・ビーンがGMを務めていた。

 作家マイケル・ルイスが書いた原作(ランダムハウス講談社)では、ビル・ジェームズについても章を割いて紹介している。1970年代、食品工場の夜間警備員として働きながら、統計分析を行い、『野球抄』をつづっていたそうだ。

 あの年、アスレチックスは地区シリーズで3年連続ワールドシリーズを制覇していたヤンキースと対戦した。初戦から敵地ニューヨークで2連勝し、あと1勝まで追い詰めた。ヤンキースは崖っぷちの第3戦、オークランドで1―0で勝ち、流れを変えた。同点の本塁生還を阻止したデレク・ジーターの「神業」中継プレーを目の当たりにして震えた。取材を終え、真夜中のホテルで懸命に記事を書いた。

 さて、ビーンの師匠にあたる前GMサンディ・アルダーソンが「一寸先は闇」と語っている。ロジャー・エンジェル『球場へ行こう』(東京書籍)にあった。だから「常に浮かれ過ぎず、落ち込み過ぎぬように、つまり平常心を保てということだ」。

 「霧」には見えないデータではなく、心の部分もあるだろう。もちろん「今年はもう駄目だ」というあきらめや、「いつかは良くなる」と漫然と構える慢心は禁物だが、焦燥は無用である。闘志や反骨心を持ち続ける一方で、自分たちの力を信じることも大切だろう。

 降りやまぬ雨でこの日の広島戦は中止となった。この試合がないということも前向きに「せっかく」と思いたい。

 長いシーズンは「一寸先は闇」で「霧」で見えない。先を憂えず、雨の広島でいま一度、心を整えたい。=敬称略=(編集委員)

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