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愛娘が導いた 港の女房への道「駅でバイバイ嫌」夫の決意で転身

[ 2017年11月22日 13:30 ]

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 【釣り宿おかみ賛】マダイ釣りやアオリイカなど季節の釣り物が楽しめる静岡県伊東・加納丸。女将の加納由利さん(50)は慣れない土地での子育てに奮闘した母親でもある。夫で当主の隆さん(53)が脱サラして釣り船を継いだ裏には娘たちの存在があった。(入江 千恵子)

 カゴの中には奇麗に並べられたミカン。入れ直してくれた静岡茶は澄んだ若葉色をしていた。

 由利さんは再び腰を下ろすと、結婚から2年後のことを話してくれた。「それは、びっくりしましたよ」。夫が実家の釣り船を継ぐことを打ち明けたときのことだ。

 そのとき隆さんは、世界中を巡る貨物船の乗組員を経て、東海汽船の大型客船で航海士をしていた。

 由利さんの中には驚きとともに安堵(あんど)の気持ちが広がった。

 1967年(昭42)4月、静岡県熱海市で生まれた。山側にある家は青果店を営み、両親は朝から晩まで忙しく働いていた。3人きょうだいの末っ子で伸び伸びと育った由利さんも小学生の時から手伝い、「市場に行ったり、店に立ったりしていました」と振り返る。

 高校進学後、しばらくして美容室で働き始める。お客さんと接することが好きな由利さんに受け付けの仕事は天職だった。 

 22歳の時、店長の友人だった隆さんと出会う。その時は「お互いに恋人がいて、大勢で遊ぶ仲間の1人」だった。やがて、それぞれが恋人と別れフリーに。ある日、隆さんは友人から「由利さんが好意を寄せている」ことを告げられる。

 「彼女がいる時から良い人なのは分かっていて…」と由利さんは顔を赤らめた。

 友人の言葉をきっかけに隆さんも意識し始め、2人の仲は深まっていく。由利さんのおなかに新しい命が宿ったのをきっかけに25歳の誕生日に入籍。サラリーマンの妻として、新しい人生がスタートした。

 半年後、長女・梅咲(みさき)さん(25)を出産した。

 隆さんは1週間から10日間、連続で船に乗務して3日休みの変則勤務。一方の由利さんは初めて住む伊東市に知人も少なく、次第に追い詰められていく。

 「育児ノイローゼみたいになって。家からほとんど出なかったですね」。当時の流行も記憶にない。テレビでみるのはいつもNHKの「おかあさんといっしょ」。「子供が静かになってくれるから…」。唯一、外に出るのは隆さんの出勤時。子供と駅まで送って行くのが日課だった。

 隆さんは「娘が手を振る姿が可愛くて、可愛くて。でも1週間後に帰宅すると忘れられてて」。

 結婚から2年。次女・由海(ゆうみ)さん(23)が産まれる直前、隆さんは、東海汽船を退職して先々代が戦後から始めた家業の釣り船を継ぐことを決意した。「駅で娘とバイバイするのが嫌になってね」と笑った。

 女将になることに抵抗はなかった。幼少期からの接客経験が生きた。お客さんの出迎えは子供をおぶったまま港へ。魚をさばくのも初めてで、「生きている魚が怖くて。でもやらなければ生きていけないし、子供においしいものを食べさせたいから必死でした」と振り返る。

 現在、娘たち3人は一緒に暮らしている。長女は看護師として静岡市内の病院に勤務し、次女も同市内の大学に通う。静岡県立大1年の三女・真海(まなみ)さん(18)は、高校在学時にソフトボール部に所属し2番・一塁で活躍。東海地区大会で優勝の経験もある。

 「娘たちの将来が楽しみ。これからは釣り船にも乗ってみたい」。

 3杯目のお茶を入れながら語る笑顔は希望に満ちていた。

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