×

【コラム】海外通信員

レアルの機関紙?強大な権力に屈したマルカ

[ 2016年12月4日 10:45 ]

強大な力をもつレアル・マドリードのフロレンティーノ・ペレス会長
Photo By AP

 スペインにおいて、全国で発行されているスポーツ新聞はマルカ、アス、ムンド・デポルティボ、スポルトと4紙が存在する。マルカ、アスがレアル・マドリード、ムンド・デポルティボとスポルトがバルセロナに最も多くのページを割いていることは、日本でも有名だろう。

 ただし、以上のスポーツ新聞すべてが、最も多くの記事を掲載するクラブをひいきにしている、との断言ははばかられる。特にマルカとアスに当てはまることだが、彼らはレアルに対して批評精神を持ち続けてきたのである。その確固たる方針は、たとえレアル会長フロレンティーノ・ペレスが干渉を試みても、決して曲がることのないものだった。少なくとも、今までは……。

 マドリードに本拠を構える両紙の中でも、アスはレアル・マドリード会長ペレスを激しく糾弾していることで有名だ。アスの編集長アルフレド・レラーニョには何度かインタビューをしたことがあるが、彼はフロレンティーノが「我々に何度も何度も口を出してきた。これはこうしろ、あれはああしろとね」と報道に干渉してきたことを認める。しかし、それでもレラーニョはアスの批評性を放棄しなかった。そしてジョゼ・モウリーニョがレアルを率いていた時期の批判に対してペレスが色をなし、レアルとの関係は断絶状態に陥った。このことを機に、アスはフロレンティーノの不正疑惑なども積極的に取り上げるようになり、今現在は冷戦のような状態が続いている。

 一方でマルカも、アスほどに激しいわけではなかったが、批判すべきときにはきっちりとそうしてきた。その代表格であったのは、レアルの試合レポートや同クラブに関連するコラムを執筆してきた花形記者サンティアゴ・セグロラである。スペインを代表するスポーツジャーナリストとしても知られるセグロラは2007年に一般紙エル・パイスからマルカへと移籍したが、マルカが「セグロラを獲得」と1面で報じるほどの鳴り物入りだった。セグロラはそれから、マルカでレアルに関する記事を書き続け、フロレンティーノのマーケティング重視とも言えるチームづくりへの批判や、チームのパフォーマンス面での問題などをはっきりと指摘してきた。

 しかしながら、セグロラの書き物をマルカで目にできるのは、昨季チャンピオンズリーグ決勝レアル・マドリード対アトレティコ・マドリードの試合レポートが最後となってしまった。マルカを系列下に収めるスペイン有数のコングロマリット、ウニダー・エディトリアルは、同じ時期に販売不振を理由として同紙の編集長オスカル・カンピージョを解任し、フアン・イグナシオ・ガジャルドを後任とした。それに伴い、セグロラは契約を打ち切られたのだった。

 カンピージョの解任及びセグロラとの契約打ち切りの背景にあるのは、もちろんフロレンティーノの存在である。フロレンティーノはセグロラによる批判記事がマルカに掲載される度に顔を赤くし、彼を追放するよう圧力をかけていたとのことだ。その圧力にあたるのは、クラブ公認グッズの読者プレゼントを打ち切ることや、情報を与えない、選手インタビューを許可しないといった行為である。そして新編集長のガジャルドはレアルとの関係改善に努め、批判的な記事を極力載せないという方針を打ち出すことに。以降、マルカにはレアル選手のインタビュー記事が時折ではあるが掲載されるようになった(クラブ側の確認・修正があるためか、無味無臭の内容だが……)。

 ガジャルドは先にスペインのラジオ局オンダ・セロのサッカー番組、エル・トランシストールに出演し、マルカの今後について語っている。エル・トランシストールはセグロラがレギュラーコメンテーターを務めるために(この日は不在)、ガジャルドに対してはマルカのセグロラ切りに関連する質問も飛んだが、その返答は「何より情報が手に入れなければならない。そのためには、クラブとより良い関係を構築することが必要だ」というものだった。

 クラブとのより良い関係の構築、それはフロレンティーノとの距離を縮めることと同義だが、ジャーナリズムを歪める危険性を孕んでいることは否めない。なんとなれば、フロレンティーノはこれまでにもメディアに情報を与えてきたが、そこには何かしらの駆け引きに利用するという意図があったのだから。ウェブメディアのボスポプリで、ある有名メディアの記者が次のように証言したことがあった。「レアルのある選手が契約延長の交渉で、クラブのオファー以上の年俸を求めたとする。するといくつかのメディアは、その選手に関するネガティブな報道を繰り返すようになるんだよ。そして契約延長が合意に達すると同時に、そういった報道は煙のように消えてしまうんだ」

 現在マルカでは、セルヒオ・サンチェスという記者がレアルの試合レポートを担当する。彼の文章は映画や音楽などを比喩的に駆使するなど表現力に富んだものであるが、個人的には批評精神に乏しく、セグロラの記事にあったような質量は感じられない。チームの称賛は批評もあってこそ重みを得るのだと、改めて考えさせられる。いずれにしろマルカは、レアルの機関紙のように振る舞うことこそが最善の道と判断し、ときに過剰なほどにペレスへの批判を繰り返すアスとは対象をなすことになった。結局、良し悪しを決めるのは読者と売り上げだが、果たしてどうなるか。

 なおマルカを離れたセグロラはその後、アスにコラムニストとして加わり、またリーガ、チャンピオンズリーグのテレビ放送権を有するBeinスポーツで解説者を務めている。セグロラには、マルカが過ちを犯しているように映るようだ。「マルカが有するスポーツジャーナリズムの義務と倫理は、強大な権力に屈することになってしまった。スポーツクラブに企業のような価値を見出そうとし、批評を許さぬ権力に。今後のジャーナリズムは平々凡々なものであることを求められるのだろうか。本質を突けねば強みなどは持ち得ず、ただただ退屈であるだけなのに」(江間慎一郎=マドリード通信員)

続きを表示

バックナンバー

もっと見る