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【コラム】海外通信員

ジダン監督「今も監督というものを学んでいる最中」 レアル指揮官に理想的な存在

[ 2016年3月4日 05:30 ]

レアル・マドリード ジネディーヌ・ジダン監督
Photo By AP

 2月27日に行われたリーガエスパニョーラ第26節、サンティアゴ・ベルナベウでのレアル・マドリード対アトレティコ・マドリード。0―1で終了した今回のダービーでは、スタジアムに憤懣やる方ない思いが充満していた。53分にアトレティコのアントワーヌ・グリーズマンが決勝弾となる先制点を決めると、東スタンドの上段から「フロレンティーノ、辞めちまえ!」とレアル会長ペレスの辞任を要求するコールが起こり、それはすぐさま全スタンドで叫ばれることになった。

 ペレスの辞任がベルナベウで声高に求められたのは、0―4で惨敗した昨年11月21日のリーガ第12節バルセロナ戦以来のことだ。そのクラシコはペレスがスケープゴートとしてラファ・ベニテスを解任し、ジネディーヌ・ジダンを後任に据えるきっかけとなったが、“監督ジダン”の誕生によって生じた効果は、今回のダービーで終わりを迎えたと言っていいだろう。

 私が監督ジダンの会見に初めて参加したのは、彼の初陣となった1月9日のリーガ第19節デポルティボ戦。5―0の大勝と最高の船出を切ったためにベルナベウの会見場は和やかな雰囲気に包まれたが、ジダンの言動には不安も覚えた。なにしろ、彼の人柄は選手時代と変わらず、監督としてはあまりにも無防備で、素朴であったからだ。

 会見でのジダンは「ラファエル・ヴァランの退場?映像を見たわけではないが、2回目の警告は受けるに値しなかったと伝えられている。だから……、ノーってことだよ(笑)!」「今日のクリスティアーノはやばかったね(笑)」と感覚に頼る物言いが多く、最も頻繁に使用する言葉は「サベス(分かるでしょ?)」という共感を求めるもの。またダービー敗戦の際には「厳しい打撃だ」と言い、そこに継ぐ言葉がなかったように、いつも具体的な説明を欠いている。これまで様々な監督の会見に立ち会ってきたが、彼のようなタイプは存在しなかった。

 選手時代のジダンの素朴な人柄には、私も好感を覚えていた。が、立場を変えても何ら変わらない様子には、監督としての経験が不足しているのではないか、という危惧を抱いてしまう。

 これまで、選手として名を馳せた何人もの人物が監督としても成功を収めてきたが、ジダンは誰にも増して名前先行でレアルの監督となった。彼がレアルのBチーム、カスティージャの監督として残した実績は、リーガ2部B(実質3部)6位という順位のみ。一方ディエゴ・シメオネはエストゥディアンテスでアルゼンチン前期リーグ、リーベル・プレートで同後期リーグ優勝を果たしてからアトレティコ・マドリーに復帰し、グアルディオラもバルセロナBをリーガ2部Bに昇格させ、一応は筋を通してトップチームの監督を任されている。シメオネがアトレティコに帰還した際、空港到着時に「言葉よりも行動だ」と言いつつ、就任会見で「15本のシュートを打って無得点より、1本で勝利した方がいい」と、経験則に裏打ちされた確信を述べたことは印象的だった。

 そして今のレアルのサッカーは、指揮官の会見での振る舞いのように曖昧である。ジダンは選手の個性を重視した攻撃サッカーを標榜し、就任当初こそライバルたちを圧倒しながら大勝を重ねていった。けれども、攻撃の展開を担うルカ・モドリッチ、トニ・クロースの動きを把握されると途端に苦戦を強いられるようになり、アトレティコ戦ではレアルが持ちえない確信あるサッカーをシメオネ率いるチームに見せつけられた。グリーズマンの得点シーンで顕著だったが、イスコやハメス・ロドリゲスといった攻撃的選手の守備における献身も、再び失われつつある。

 だがしかし、それでもジダンが、レアル監督として理想的な存在であることに疑いの余地はない。レアル、ひいてはサッカー界のレジェンドである彼は、この気難しいクラブにおいても確固とした権力を持てる人物なのだから。例えば、ダービー敗戦後にはイスコ、ハメスが今後の態度次第で放出することがクラブ内で検討されるなど、ジダンの管理能力は不問とされた。また今夏の補強に関してもジダンにはある程度の権限が与えられるとみられており、中盤の守備的選手の不足、マルセロ、カリム・ベンゼマの代役不在など、長らく続く歪なチーム構成を正せる可能性もある。

 かつてジョゼ・モウリーニョは、権力闘争を自ら仕掛けることによってレアルでの地位を高め、スペイン『アス』の編集長アルフレド・レラーニョから「ペレス政権下で、監督が権力を持ったことなどなかった。すべてを切り離して言うが、それはポジティブだ」と評された。一方でジダンは選手時代に得た名声によって、闘争に臨まなくとも権力をいただくことができるのである。

 レアルにおいて、これだけ恵まれた状況下で監督を務められる人物は、おそらく存在しない。とはいえ、ジダンに何より求められるのは権力云々ではなく、監督としての手腕そのものである。アトレティコ戦後の会見で、彼はこれまで通りはにかんだ笑顔を見せていたが、記者陣がそれにつられて笑うことはなく、ある記者は「彼との問答は真剣勝負にならない」とこぼしていた。ジダン本人は「今も監督というものを学んでいる最中だ」と語るが、レアルの指揮官を務められるだけの能力があるかは、すでに問いかけられている。その問いに対して、ただ素朴であるだけでは返答にすらならないのである。(江間慎一郎=マドリード通信員)

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