×

【コラム】海外通信員

リーベルサポーターがマスチェラーノを罵倒した理由

[ 2015年12月31日 05:30 ]

バルセロナのアルゼンチン代表DFマスチェラーノ(左)
Photo By AP

 去る12月21日、バルセロナの選手たちがクラブワールドカップで優勝した翌日、スペインに帰国するべく成田空港に到着した際、アルゼンチンに戻るため同様に空港に来ていたリーベルプレートのサポーターたちと鉢合わせになり、リオネル・メッシとハビエル・マスチェラーノに対し、一部のサポーターが酷い罵声を浴びせかけるという騒動が起きた。

 自分の国の代表選手を、しかもメッシとマスチェラーノという世界的にも名実共に高く評価されるスター選手を詰るなんて、日本のサッカーファンにとっては信じ難いことであるに違いない。例えてみるなら、日本人が香川や本田を罵倒するようなものだ。

 ところがアルゼンチンでは、これは決して珍しいことではない。メッシについては今に始まったことではなく、以前から母国で非常に厳しい見方をされている。前回のワールドカップ予選での活躍で支持率を高めたものの、本大会の決勝トーナメントで影を潜めてしまったこと、そして今年のコパ・アメリカでも優勝できなかったことから、一時は聞かれなくなっていた「バルセロナでは世界一のプレーヤーらしいプレーをするのに代表では何もできない」という声があちこちから出てくるようになった。

 メッシが母国のサッカーファンから冷たい視線を送られるのは仕方のないことで、この酷な運命については本人もよくわかっている。アルゼンチンにおけるサッカーの人気は、他のサッカー大国の例に漏れず、「クラブ愛」が基本となっている。ひいきのクラブがあり、そのクラブに忠誠を誓い、勝っても負けても応援し続ける深い愛情が存在する。メッシの場合は残念ながら、ジュニア時代にニューウェルス・オールド・ボーイズに所属していたというだけで、アルゼンチンのクラブでプロデビューしていないことから、クラブ愛を糧に生きるコアなサッカーファンたちから生のプレーを観てもらっていない。「アルゼンチンリーグでプレーした経験がない」ということは、つまり「アルゼンチンのサッカーファンにとって得体の知れない存在」でしかない、ということになってしまう。これはメッシに限らず、国内で無名のまま欧州のクラブで成長した他のケース(ハビエル・サネッティやガブリエル・エインセなど)にも当てはまる。

 では、マスチェラーノはなぜ罵倒されたのか。古巣リーベルでプロデビューを果たし、04年にはリーグ優勝していて、アルゼンチン代表としてもアテネ五輪と北京五輪で2度金メダルを獲得し、その後3度のワールドカップに出場している。昨年のブラジル大会では、チームを決勝に導いた功労者として、メッシを越える支持を受けた英雄だ。

 それなのに、一部のリーベルサポーターから罵声を浴びせかけられたのはなぜなのか。理由はいくつかある。ただしこれらはあくまでも「一部のリーベルサポーター」が感じたことであって、アルゼンチン人のサッカーファン全てが賛同しているというわけでは決してないことを念のため断っておく。

 ひとつは、マスチェラーノ自身もクラブワールドカップの決勝戦後に語っていたように、「自分はバルセロナの選手で、彼ら(リーベルサポーター)にとっては対戦相手だったから」という単純なものだ。マスチェラーノは常々、試合前と試合中は、例え元同僚・古巣が相手でも、決して友好的な態度を見せないことで知られている。対リーベル戦でも、スアレスのゴールに力いっぱい叫んで喜びを爆発させ、その姿がリーベルサポーターからかなりの反感を買っていた。

 もうひとつは、あれだけ大勢のリーベルサポーターがスタンドにいることを知りながら、「試合前に挙手のあいさつさえしなかった」という理由。成田で野次を飛ばしたサポーターのひとりは、「メッシは俺たちに向かって手を挙げてあいさつしたってのに、マスチェラーノときたら俺たちを無視しやがった」とかなり憤慨していた。自分が育ったクラブのリーベルに対してマスチェラーノが敬意を抱いていることは間違いないが、サポーターたちはそれを態度で示して欲しかったのである。アルゼンチンでは日本のように「言わなくてもわかる」という考え方は通用しない。自分の気持ちは、言葉か態度ではっきりと表現しなければ駄目なのだ。とは言ってもそもそもマスチェラーノの場合、前述のとおり、試合前に対戦相手のサポーターにあいさつするような気質ではないのだが。

 そして最後に、最も「筋が通っている」と考えられる理由は、リーベル出身のマスチェラーノが、29年ぶりの世界制覇というリーベルの夢をぶち壊してくれたからだ。決勝ではマスチェラーノが守備の要となってリーベルの攻撃をことごとく潰し、パスが通らないたびにサポーターたちは頭を抱えて悔しがった。それがどうしても許せなかったのである。

 国内リーグに124年もの歴史があり、代表チームが誕生したのも1901年というアルゼンチンでは、サポーターにもこの国独特の見方と感じ方がある。マスチェラーノに対する罵声に関しては国内でも賛否両論あるが、アルゼンチンのサッカーを日々体感している者でなければ、彼らの複雑な気持ちを理解するのは不可能だろう。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

続きを表示

バックナンバー

もっと見る