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【コラム】海外通信員

リーダーであることの難しさ

[ 2015年10月22日 05:30 ]

ボカ・ジュニオルスに復帰して活躍するカルロス・テベス
Photo By AP

 古巣ボカ・ジュニオルスに復帰してからというもの、カルロス・テベスはピッチ内外でチームを代表するシンボルとなり、リーダーとなっている。

 現在ボカはリーグ戦で優勝に王手をかけているが、チームが好結果を得てきた理由は間違いなくテベスにある。前線よりも一歩下がったほぼトップ下の位置から攻撃を組み立て、持ち前の才能に加え、これまでにブラジル、イングランド、イタリアといった世界のトップリーグで活躍した経験値を活かした円熟味溢れるプレーで文字通りチームを引っ張っている。また、練習のあとで積極的にファンサービスを行なったり、若い選手たちに率先して様々なアドバイスをしたりと、ピッチの外でもスターたるもの、そして先輩たるものリーダーシップをとり、貫禄を示している。

 ところが先日、そんなテベスの口から出たある一言が、一部のメディアから不評を買った。リーグ戦第28節の対ラシン戦の直後、ピッチレポーターから試合の感想を聞かれた際に言った「我々はもっと大人にならなければいけない」という言葉だ。

 ボカはこのラシン戦で勝っていれば、最終節を待たずして優勝を決めることができた。2試合後に控えた最終節では、優勝を争うロサリオ・セントラルとの直接対決となることから、その前にラシン戦で勝利をおさめてタイトルをものにする絶好のチャンスだった。

 しかし、細心の注意を払い、ミスを最小限に抑えるべき重要なゲームで、DFダニエル・ディアスはゴール前でハンドリングの反則を犯して相手にPKを与え、MFクリスティアン・エルベスは相手選手の足を目掛けた悪質なタックルを仕掛け、共に退場処分に。安易なファウルから数的不利な状況に陥り、結果的には3-0と完敗を喫してしまった。テベスが「大人にならなければ」と言ったのは、レッドカードを出されたチームメイトに対するお咎めだったわけだが、一部のメディアはこれについて「リーダーたるもの、仲間への助言は内々に留めるべきで、公の場でするべきではない」と嗜めたのだ。

 実は、このような反応を引き起こしたのには理由がある。

 リーグ戦第25節の対アルヘンティノス・ジュニオルス戦で、テベスは相手MFエセキエル・ハムにタックルを仕掛け、ハムに骨折を負わせてしまった。しかもそれは、足首の骨が外に出てしまったほど酷い骨折で、当初はハムの選手生命に関わると言われたほどの重傷だった。

 試合後テベスは「悪気はなかった」と話していたが、ゲームの間、自分を執拗にマークするハムに対していら立つ様子を見せていたことから、ハムの家族はテベスが故意に足を目掛けてタックルをしたと訴え、テベスは世間からも一時的に冷たい視線を注がれることになってしまった。

 そんな時も、ボカのチームメイトたちはテベスを公に擁護した。ハムを気遣ってかなり落ち込んでいたテベスを全員がサポートする側に立ち、励ましたのである。「マークの仕返しとも受け取ることのできる、大人気ない酷いファウルだった」などと語ったチームメイトは、一人もいなかった。
一部のメディアが、退場となった仲間を遠まわしに咎めたテベスに不満を抱いたのは、そのためだ。

 テベスはもともと、裏表のない男である。良く言えばオープンな性格、悪く言えば露骨な性格で、一度、アンタッチャブルな存在だったフリオ・グロンドーナ(前アルゼンチンサッカー協会会長、故人)を堂々と批判したこともある。その代償としてしばらくアルゼンチン代表に招集されなかったが、一般の人々は「言うべきことを隠さずに言う」テベスに好感を抱いている。

 今回の発言についても、ファンの反応は「テベスは正しい」というものだ。「幼稚なファウルで退場となり、チームの足を引っ張った仲間を咎めるのは当然のこと」として、退場となったディアスとエルベスを責める声が大半を占めている。

 とはいえ、メディアも決してテベスを頭ごなしに批判しているわけではない。リーダーとなってボカに戻って来たテベスの存在が高く評価されているだけに、「言動には少し気をつけてもらいたい」という気持ちが込められている。だが、これまで歯に衣着せぬ物言いとして知られてきたテベスが、今後、アルゼンチンの若い選手たちに自身の経験から得たものを伝承する立場として、今さら発言のTPOをわきまえるようになるだろうか。そうなってしまったら、開放的なテベスの魅力が半減してしまうような気がする。

 今、テベスはおそらく、リーダーになることの難しさを感じているに違いない。もしかしたらそれは、ボカにタイトルをもたらすことよりも困難なチャレンジかもしれない。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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