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【コラム】海外通信員

ウルグアイに「W杯出場権剥奪の可能性」があったことについて

[ 2014年4月5日 05:30 ]

軽快なリフティングを披露するウルグアイ代表FWフォルラン
Photo By スポニチ

 今朝、日本のニュースサイトをチェックしていたら、こんな見出しを見つけて驚いた。

 「ウルグアイ、W杯出場権剥奪か」

 ウルグアイがW杯に出られない可能性があるということに驚いたのではない。このニュースについては私も昨日アルゼンチンのメディアを通じて耳にしていたし、なぜそのような話になっているのかをすぐに調べたので事情は把握していた。びっくりしたのは、ウルグアイの一部メディアによる「もしかしたら~かもしれない」という一時的な見解が、瞬く間に活字となって日本にまで届いていたという事実に、だった。

 日本語になった情報をいくつかの媒体で読んでみると、ソースはいずれのウルグアイの有力紙「エル・パイス」で、同紙に掲載された記事が外電や欧州のメディアを通じて入ってきたものらしかった。いずれも「ウルグアイがW杯出場権を失う可能性が出てきた」という非常に衝撃的な言葉で始まっていて、「ウルグアイサッカー協会(以下AUF)執行部の辞任に政府が関与した疑い」があり、「FIFAが調査を開始」したとのこと。政治介入の事実が実証された場合は、ウルグアイが本大会に出場できなくなるかもしれないという内容で、私がアルゼンチンの新聞で読んだものと同じである。気になって欧州のメディアもチェックしてみたが、やはり全く同じ内容で報道されていた。

 結果から言うと、ウルグアイ政府がAUFの人事異動に圧力をかけたという事実はないことがわかり、従ってFIFAから制裁を下される可能性もなくなったわけだが、エル・パイス紙の記者が流した「もしかしたら」という、言ってみればごく個人的な見解が、まるで確定のような形で全世界中に瞬時に配信されたことにはとにかく驚き、ちょっと恐いなと感じた。

 そもそも、なぜこのようなニュースが流れたのかを理解するために、ウルグアイサッカー界で一体何が起きているのかを簡単に説明しよう。

 ウルグアイでは最近、スタジアムでのサポーターたちによる暴動が問題になっており、去る3月26日に行われたコパ・リベルタドーレスのナシオナル対ニューウェルス戦においても、試合が終了する直前にスタジアムを退散しようとしたナシオナルのサポーターが、それを制止した警官隊と衝突。通常、安全のために試合後はアウェーチームのサポーターが完全に退散してからホームのサポーターが出られることになっているが、何が何でもタイムアップ前に退場しようとしたナシオナルのサポーターがゲートを塞ぐ警官隊に向けて、座席や便器などあらゆるものを投げて一斉に攻撃したために、30人近い警官が怪我を負ってしまった。

 この騒動に激怒したのがホセ・ムヒカ大統領。事件が起きた2日後に「今後はスタジアムに警官隊を派遣しないと発表し、試合会場での警備の責任は各クラブがとるべきだという強い態度に出た。

 警察が出動しなければ、スタジアムは無法地帯と化してしまう。慌てたAUFのセバスティアン・バウサ会長、及びナシオナルとペニャロールのクラブ役員がムヒカ大統領と話し合ったが、31日にバウサがAUF会長の座を辞任することを表明したことから、政府側からAUFに対して圧力がかけられた疑いが浮上したというわけだ。

 バウサが辞任した理由は本人からも明確にはされていないが、ムヒカ大統領は人事への関与はなく、あくまでもスタジアムでの安全についてクラブ側と話し合っただけと説明。エル・パイス紙がW杯出場権剥奪説を掲載した翌4月1日には、大統領自らFIFAによる制裁の可能性についてきっぱりと否定した。

 バウサがAUF会長を辞任してから、ムヒカ大統領が政府の介入を否定するまでは十数時間しか経っておらず、そのわずかな間にエル・パイス紙が報じた「ウルグアイのW杯出場権剥奪」説が全世界中に配信されてしまった、というわけだ。

 結局、1日に行われた会合では、AUF所属のクラブ役員と政府関係者の間で、暴動をなくすために全面的に協力し合う方針を固めると同時に、スタジアム内で暴動が起きた場合には、そのサポーターを擁するクラブの勝ち点が剥奪されることになった。ウルグアイのメディアの間では、W杯出場権剥奪の話などこれっぽっちも取り上げられていない。AUFの人事異動に政府が介入したという事実もなければ、FIFAからの制裁は一部メディアの仮説でしかなかったわけだから、当然だ。

 何に対しても慎重な日本人は、何度も確認を重ね、物事がまだはっきりしないうちは話を進めない。このために対応が遅くなり、非難されることもしばしばある。だが今回、「ウルグアイのW杯出場権剥奪」というニュースが世界中のサッカーファンを心配させた件に限っては、メディア側がもう少し慎重であっても良かったのではないかと思わずにいられない。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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