【コラム】海外通信員

インテリで内向的な超イケメン、グルキュフの苦悩

[ 2011年4月29日 06:00 ]

 ああ、こういう子が学校にいたなぁ、と思う。頭が良くて、先生からの評価も高く、家もまずまず裕福。運動神経も良く、かっこいい。でも気が弱いから、いじめっこグループの格好の標的にされてしまう。

 2010年南アフリカワールドカップで、フランス代表から孤立し、チームの内部崩壊の一因とされたヨアン・グルキュフ(24、リヨン)は、まさにこの“優等生”タイプだ。

 すぐれた論理学者で、かつて数学教授だったという父のクリスティアン・グルキュフ(56)は、27歳のときに、現在指揮官(03年シーズンより)のロリアンで、選手兼コーチとなった。当時地方リーグだったロリアンをわずか4年で2部に昇格させるなど、早々に数学の知識を生かしたインテリ監督としての頭角を現した。

 そんな父に後押しを受けてサッカーをはじめたグルキュフは、文句なく、フランスサッカー界のサラブレッドだ。

 フランス代表もU-17からの常連で、A代表入りするや否や、メディアからは「プチ・ジダン」と命名された。おまけに映画俳優顔負けの丹精な甘いマスクを持ち、趣味は読書。サッカー界にはエゴの強い選手が多い中、性格は控えめで真面目。とにかく、非の打ち所がない。打ち所がないからこそ、かえって目立ってしまった。だから、「出る釘は打たれ」たのかもしれない。

 ワールドカップ前から、チーム内の不協和音は少なからず話題になっていた。大会直後にフランスサッカー連盟から解雇され、労働裁判所でやりあっている最中のレイモン・ドメネク前監督のエキセントリックさにかき消された感はあったが、ワールドカップ前の代表親善試合から、ボランチのグルキュフにパスを出さないアネルカとリベリーがいた。

 ボールタッチのできないボランチは、1次リーグ初戦ウルグアイ(0‐0)で完全に無力だった。次戦メキシコ(0‐2)では、アネルカとリベリーがドメネク監督に意見したことが因し、グルキュフはベンチスタートとなってしまう。それが原因かどうかは定かではないが、最終戦の南アフリカ(1-2)が開催されたナイズナ行きの移動飛行機の中で、グルキュフとリベリーが大喧嘩をしたらしい。そして南アフリカ戦の前半26分で一発レッド退場を食らったグルキュフ。彼にとっての初舞台となったワールドカップは、レッド退場のシーンだけ「プチ・ジダン」らしい一面を見せたという、皮肉な結果に終わったのだった。

 そのグルキュフが、代表チームの主力からどうやら陰湿ないじめを受けていたようだという報道が始まった。“カイド(ヤンキー)”というあだなのついたリベリーを筆頭に、エヴラ、アネルカ、ガラスの4選手は、皮肉まじりにグルキュフを“ニュー・スター”と呼び、グルキュフとすれ違うたびに後頭部を引っぱたいていたという。

 アフリカ大陸出身の代表選手たちにイジメを受けた、生粋のサラブレッド。
“移民”“貧困”という代名詞に加え、大会前に未成年売春容疑で事情聴取を受けたリベリーを筆頭にしていたのも一因した。実際、メディアの反応もしかりだった。

 グルキュフは、ワールドカップでの散々な結果にも関わらず、大会直後に鳴り物入りでボルドーからリヨンに移籍した。移籍金はクラブ史最高額の2200万ユーロ(約26億円)。なかなか結果が出せずにいた11月、擁護派と批判派に分かれた報道合戦が繰り広げられていた中、突然、06~08年シーズン時代のチームメイト、マルディーニが、グルキュフを痛烈になじった。

 「グルキュフのミラン移籍は100%失敗だった。彼のここでの問題は、彼の態度だった。彼の自己管理方法は、インテリジェントではなかったね。ここでプレーしていたとき、チームに貢献したい素振りを見せなかった。すぐにイタリア語を学ぼうとしなかった。チーム戦略については、彼は練習しようとしなかった。時間にもルーズだった。いろんなことがあったよ。ここでは話せないようなことがいろいろ。でも彼は、自分が何をしたのか分かっているはずだ。プレー中も、全力を尽くさなかった。ミランでは、彼より才能がないけれど、全力を尽くしていた選手がリスペクトされていた。そのうち、彼はチーム内で“異質なもの”になった」

 この後も、ガットゥーゾがグルキュフをいじめていたとか、若かったグルキュフはけっこう飲み歩いていたとか、色々な噂が出たが、父クリスティアンやボルドー会長に擁護され、グルキュフ批判は鎮静化したと思われていた。

 しかし、膨大な移籍金にも関わらず、なかなかチームに貢献できないでいるグルキュフに業を煮やしたリヨンのベルナール・ラコンブ(ラオス会長の特別顧問兼スポーツディレクター)が4月15日、やや批判的なコメントをしたことで、リヨンでもチームになじめていないグルキュフの“実態”が明らかになった。

 「グルキュフについて、もちろん多少心配しているに決まっているだろう。シーズンを通じ、彼はチームにもたらしてくれるはずのものより少しのものしかもたらしてくれなかった。彼はそれについて目に見えて苦しんでいる。周囲がもっと彼を安心させ、周囲からヘルプが来るのを待っているような印象を受ける。でも彼自身がもっと周囲に働きかける必要がある」

 チームメイトのバストスもこんなコメントを残している。

 「グルキュフは早く来るし、遅く帰る。本当のプロだ。でも実を言うと、僕は本当の彼を知らない。あまり話をしないし、自分の殻に閉じこもっている。キネ(運動療法士)と話しながら、ひとりでストレッチをやっている。静かに過ごしたいみたいだ。僕が言いたいのは、努力すべきなのは彼だということ」

 内向的で受身がちなグルキュフは、代表やミラン時代だけでなく、リヨンでも浮いた存在なのだった。ワールドカップ当時の代表主将エヴラに言わせれば、「ヨー(ヨアン)の声を聞いた事がない。あいつと話をするには、トゥラランを通さなきゃいけない」ほどの無口だという。ひょっとして、どこへ行ってもなじめず、いじめの噂が絶えないのは、その病的と言っていいほどの内向的な性格と無口さから来ているのではないだろうか? グルキュフのコミュニケーション能力に問題はないのだろうか?

 ボルドーでの成功は、無口な彼がサッカーのプレーを通じてチームメイトとコミュニケーションを取れていたことに由来するのだろう。ブラン監督という優秀な指揮官に恵まれたのもラッキーだった。事実、代表監督がブラン監督になってからは、“いじめ”のニュースは途絶えた(エヴラ、アネルカ、リベリーが代表出場停止の懲戒処分を受けたため、招集されていなかったという理由もあるが)。

 4月24日には、ケーブルTVのサッカー番組に出演したグルキュフが、「ピッチの上では内向的ではいけない。でも今の僕は、責任を負う事を怖く思っている。あの(ボルドー)時代に対し、今の僕は、プレーの自発性をすっかり失い、率先してプレーしなくなった。それに、プレーに“喜び”を取り戻さなければいけない。それが僕を前進させてきたから」と赤裸々に語った。

 この独白で何かが吹っ切れたのかもしれない。

 4月27日、リーグ第32節の対モンペリエ戦は、先発の座をエデルソンに譲り、ベンチスタートとなったグルキュフ。この“ショック療法”が効果を成したのか、2-2の試合終了間際87分にゴミと交代したのち、インからわずか3分後、リサンドロからのヘディングを押し込み、劇的な決勝点を決めた。これでリヨンは3位に浮上し、首位マルセイユに5点差に詰め寄った。

 “スッフル・ドゥルール(いじめられっこ)”グルキュフがプレーの“喜び”を取り戻し、サッカーを通じてチームメイトとコミュニケーションを取れるようになれば、フランスリーグ終盤戦が面白くなるのは確実だろう。(中尾裕子=グルノーブル通信員)

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