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【コラム】金子達仁

もうW杯で脅える必要はない 確信できたウェンブリーでの歴史的勝利

[ 2026年4月2日 14:00 ]

国際親善試合   日本1ー0イングランド ( 2026年3月31日    ロンドン・ウェンブリー競技場 )

<イングランド・日本>試合を観戦する南野(中央左)と遠藤(同右)(撮影・小海途 良幹)
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 サッカーの世界では「強い者が勝つのではない。勝った者が強いのだ」と言われることがある。けだし名言。ただし“本番”に限る。親善試合である以上、「勝ったのは日本だったが、強かったのはイングランドだった」ということは、しっかりと肝に銘じておきたい。

 だが、恫喝(どうかつ)するぐらいの勢いで肝に銘じても、腹の底から湧き上がってくる興奮と喜びは抑えきれない。

 だって、ウェンブリーである。

 最近ではすっかり使用頻度が高くなってしまったが、かつてのウェンブリーは、ウィンブルドンのセンターコートに並ぶ、まさしく聖地と呼ぶにふさわしい存在だった。ここでプレーできるイングランド人は、カップ戦のファイナリストか、イングランド代表まで上り詰めた者のみ。サッカーをしていればいつかはプレーできる、という場所ではない。そして、どれほど時代が変わろうとも、ウェンブリーの持つ意味は、すべてのイングランド人のDNAに刷り込まれている。

 そんな場所で、日本は勝ったのだ。

 イングランドにとって難しい状況だったのは間違いない。彼らは、十分に日本を警戒していた。一定のリスペクトを持っていた、といってもいい。ただ、スコットランドがそうだったように、彼らは警戒心やリスペクトを闘争心に変えるのに苦労しているようだった。同じ欧州内の強豪や南米勢と対決する際には自動的にできることが、追い込まれた終盤までできずにいた。

 もしかすると、これは欧州の歴史的、人種的問題が関係しているのかもしれない。頭では日本の成長を理解していても、胸の片隅には、アジアに対して常に優位性を保っていた過去の記憶が染みついている。なので、どこかムキになりきれない。なりきれないから、やられる。18年のW杯でベルギーに逆転負けを喫して以降、日本が欧州勢に負けなしというのも、彼らのそうした潜在意識と無関係ではないように思える。

 ただ、どんな理由があるにせよ、日本にとっては大きな勝利だった。

 試合の終盤、森保監督は三笘や鎌田、中村らをベンチに下げ、専守防衛ととられてもおかしくない策をとった。「守っているだけでは勝てない」という日本的な常識への挑戦ともいえる采配だった。

 選手たちは、それに応えた。

 あっぷあっぷではあった。やられていても不思議ではなかった。それでも、これまでやってこなかったスタイルで、優勝候補のごり押しを凌(しの)ぎきった自信は、間違いなくW杯へ向けての財産となる。この先どこと戦おうと、ウェンブリーでのイングランドを超える圧をかけてくるチームはそうはないからだ。

 試合のMVPにはGK鈴木彩を挙げたい。前半の苦しい時間帯、彼は意図的に試合のテンポを落とし、フィールドプレーヤーに呼吸する余裕を与えた。ハイクロスの処理に不満は残るものの、それ以上に、試合の流れを読む力が見事だった。監督からの指示を待つまでもなく、選手たちが自分で考えて試合の流れを変える“自動操縦システム”はいよいよ機能し始めている。

 正直、優勝を狙うにはまだ地力が足りない。それでも、優勝候補を食う力は十分にあることを、今回の2連戦で日本は証明した。オランダは強い。チュニジアも侮れないし、スウェーデンには前線の切り札がある。

 だが、日本の選手が脅(おび)えることはもはやない。そう確信できた、ウェンブリーでの歴史的勝利だった。(金子達仁=スポーツライター)

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