“寅さん”が言い聞かせた「男のお前がしっかりしろ」

[ 2020年7月13日 08:30 ]

映画「男はつらいよ」シリーズで心に残る「寅さん」を演じた渥美清さん=1995年10月撮影
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 【元芸能デスクの取材ノート】1996年8月8日。スポニチ本紙は1面で国民的俳優の悲報を伝えた。映画「男はつらいよ」シリーズに「寅さん」役で主演した渥美清さんが転移性肺がんのため68歳で死去。命日は同月4日で、松竹から公表されたのは同月7日。前日6日までに遺族は葬儀を密かに執り行っていた。

 密葬後に訃報が届いたのは、これほどの大物スターでは珍しい。「サザエさん」「いじわるばあさん」などで知られる国民的漫画家の長谷川町子さん(享年72)が92年5月に亡くなった際に、公表まで1カ月近く経過していたケースしか当時は記憶になかった。

 渥美さん逝去の一報を受け、取材陣は東京都内の自宅に集まった。玄関前で、当時25歳だった放送局勤務の長男が気丈に応対。悲しいはずの感情は一切見せず、一つ一つの質問に対して冷静に、ていねいに答えてくれた。渥美さんにそっくりな声も印象的だった。

 長男の説明によると、渥美さんは「病気でやつれた姿や、死に顔は家族以外には見せたくない」と強く希望。だから密葬は親戚にも知らせなかったという。「俺が死んだら大騒ぎなる。女は逃げろ」と言い遺していたため、遺体が荼毘に付された後に妻と長女は「旅」へ。「男のお前がしっかりしろ」の遺志に従い、長男が代表して1人でマスコミに対応したのだ。

 そんなエピソードからも“らしさ”が伝わってきた。寅さんが甥の満男(吉岡秀隆ら)に言い聞かせる名シーンを想像させる。家の中では本名の田所康雄さんも、一歩でも表へ出たら車寅次郎。舞台となった葛飾区柴又の商店街などを歩くと、渥美さんの人柄について「映画の寅さんと全く同じだった」という証言ばかりが聞けるほど。“寅さん”に徹したこだわりを、亡くなった後まで感じさせた。

 葬儀の取材記録や映像を目にしたことがないからだろうか。「男はつらいよ」シリーズを見直すたびに寅次郎の妹、さくら(倍賞千恵子)のセリフが違和感なく胸に響く。「今ごろ、お兄ちゃん、どこにいるんだろう」「そろそろ帰って来る頃かしら」…。生前最後の作品となった95年公開の「男はつらいよ 寅次郎紅の花」から、もう四半世紀近くが経つというのに。

 2019年公開の最新作「男はつらいよ お帰り 寅さん」のブルーレイとDVDが今月発売された。第1作から50年の記念作品となったシリーズ第50作。寅次郎のシーンこそ生前の映像から編集されているが、新たな物語が“期待どおり”に展開される。おなじみのレギュラー陣や歴代マドンナたちの“その後”が感慨深く、随所でサプライズも飛び出す。

 定番シーンに重ねるなら、「長居しちまったな。さくら、そろそろ、出かけて来らぁ」とばかりに渥美さんが旅立って約24年。不朽の名シリーズに残した演技は、「令和の新作」の劇中でも大きな輝きを放つ。何度も泣けて、何度も腹を抱えて笑えてしまう。そしてタイトルどおり「お帰り」とまた声をかけたくなる。 (専門委員 山崎 智彦)

 ◇山崎 智彦(やまざき・ともひこ) 1990年入社。ジャニーズ事務所やビジュアル系ロック、演歌など幅広く音楽界を取材。マドンナ、マライア・キャリーら海外スターへのインタビュー経験も豊富。文化社会部デスク、静岡支局長を経て19年から編集局デジタル編集部専門委員。

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