阪神ドラ2・鈴木の思いつきで着手したフォーム改造が“創カーショー”を生んだ

[ 2021年12月3日 05:30 ]

阪神新人連載「猛虎新時代の鼓動」2位・鈴木(下)

生徒会長の選挙にも立候補した中学3年時の勇斗(提供写真)
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 創価大に進学した勇斗はいきなり壁にぶつかった。入学直後に巡ってきた紅白戦登板。絶好のアピール機会で自慢の直球がいとも簡単に打ち返された。「このままではダメだ」。レベルの高さを痛感したことで“スイッチ”が入った。

 まず初めに取り組んだのが、土台づくり。増量を目指し、夕食では必ず3合の白米を食べた。もともと太りやすい体質ではない。日々の取り組みが実り、1年で5キロの増量に成功した。練習ではグラウンド横にある急な坂道を100メートルから200メートルダッシュする練習を毎日繰り返し、下半身強化に励んだ。グラウンドを離れても先輩投手に“取材攻め”するなど、レベルアップへ必死だった。

 「2学年上に凄い投手が3人いた。自分から話を聞き、アドバイスをもらい、合う合わない…を試していった」

 プロへ進んだ杉山晃基(ヤクルト)、望月大希(日本ハム)。社会人へ進んだ小孫竜二(鷺宮製作所)。当時の中心選手からフォームや変化球の握り、メンタル面まで多岐にわたってアドバイスをもらい、試行錯誤を続けた。

 自分の意思で決めたことは恐れずに挑戦する性格が野球にも生きた。中学2年の頃にはクラスの学級委員長を務め、3年では生徒会長の選挙に立候補したこともあった。野球以外では音楽が好きで、地元のコーラスグループでは大人に交じって合唱に参加するなど少年時代から好奇心は旺盛だった。

 だから、壁にぶつかった大学でもチャレンジ精神を大切にした。2年春には念願の公式戦デビュー。3年秋のリーグ戦開幕前日にも一大挑戦を試みた。動画サイトでカーショー(ドジャース)のフォームを見るや、「これいいかも。まねしよう」と決意。すぐにブルペンに向かい、2段モーションの足の上げ方を参考にしたわずかな練習のみで、ぶっつけ本番で臨んだ。

 すると、思いもしない形で成果が表れた。リーグ戦で4勝1敗、防御率1・72の好成績を残し、優勝に貢献。思いつきで着手したフォーム改造が“創カーショー”の誕生につながった。

 勢いは止まることを知らず、関東地区大学野球選手権では国際武道大との2回戦で12奪三振で3失点完投勝利を挙げるなど、3試合に登板して準優勝。「野球人生の先が見えた感じの大会でした」と振り返る分岐点だった。プロのステージに立っても「まだ足りないことはたくさんある。克服しながらやっていきたい」と歩みを止めるつもりはない。(長谷川 凡記)

 ◇鈴木 勇斗(すずき・ゆうと)2000年(平12)3月17日生まれ、鹿児島県日置市出身の21歳。吉利小3から野球を始める。日吉中では「串木野黒潮」に所属。鹿屋中央では2年秋からエースで3年夏は準決勝で敗退し甲子園出場なし。創価大では2年春からリーグ戦に登板し通算23試合で10勝3敗。3年秋は最優秀選手、最優秀投手、ベストナインの3冠。50メートル走6秒5、遠投100メートル。1メートル74、83キロ。左投げ左打ち。

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