【内田雅也の追球】許し、待つという悦び――ミスと向き合う阪神・矢野監督

[ 2020年2月23日 08:00 ]

オープン戦   阪神6-2中日 ( 2020年2月22日    北谷 )

2回、阿部の打球をトンネルする木浪(撮影・北條 貴史)
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 「待つ」ということは時に辛い行為だ。<朝に抱いた希望も夕暮時にはうち萎(な)え、幾晩も寝つけない夜が続く。そして疲労困憊(こんぱい)のはてに、人は忘れるという行為を選ぼうと決意する>。

 四方田犬彦の『待つことの悦(よろこ)び』(青玄社)から引いた。<期待と忘却とは、さながら双子の姉妹のようだ>。

 約束の場所に早く着いて彼女を待つ。地下鉄の改札から駆け上ってくる姿を<一枚の絵のように夢想している>。しかし彼女はなかなか来ない。不安、心配、いら立ち、絶望……が到来する。

 やがて、彼女が到着する。恩寵(おんちょう)である。まるで奇跡のようにも感じられる。<遅れたことのたわいのない原因を説明する彼女は、なんと美しく、魅力に満ちていることか>。
 待つことは、苦行であり、一方でまた悦(よろこ)びなのである。

 今回のキャンプを前に沖縄入りした1日付で、阪神監督・矢野燿大は「待つ」ことの悦びを感じていると書いた。「圧倒的に楽しみと言うか、楽しみでしかない」と言うキャンプインへの思いは、選手たちの成長を信じているからだと書いた。つまり矢野は待つことを忘れたりせず、「待てる」監督なのだ。

 22日のオープン戦初戦は快勝だった。北谷球場のスタンドに座って観た。右も左も、前も後ろも……と阪神ファンに囲まれた席だった。反応を肌で感じられる。

 いくつかの拙守があった。1回裏には三塁に入ったジェフリー・マルテがゴロを後逸した(記録は安打)。2回裏には遊撃・木浪聖也がトンネルした。4回裏、三遊間のゴロ(内野安打)は木浪が何とかできたかもしれない。その度にファンからはため息が漏れた。時に叱咤(しった)の声が飛んだ。

 しかし、彼らはすぐに気を取り直した。マルテは本塁打を放ち(3回表)、木浪が好守を見せれば(3回裏)、それまでの失敗などなかったかのように喜んでいる。

 「エラーをするのは選手。それを許すのがファン」という、アメリカでの言い伝えは本当だ。

 矢野は何とも思っていないだろう。ファン以上に許す心がある。ミスを喜ぶまでいかないが「また練習すればいい」と課題が見つかったことを前向きにとらえていよう。

 待っているのだ。いつか必ず、成長した姿を見せてくれる。奇跡のような瞬間が訪れるのを待っている。=敬称略=(編集委員)

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