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どんどん減っていく競輪場 歯止めしなければと思うが

[ 2012年9月2日 06:00 ]

甲子園競輪場跡の歩道に埋まっている甲子園競輪のマスコットキャラクター「キックル君」
Photo By スポニチ

 俺が競輪選手デビューした1980年、全国の競輪場の数は50場でした。あの頃はほんまよかった。それから6年後にバブルがやってきた。日本列島大フィーバーや。未来は前途洋々だぜ。が…しかし、バブルは5年で崩壊。今思うと、あの狂喜に満ちた社会現象はまさしく名の由来通り泡。膨らむだけ膨らんだシャボン玉。経済が右肩下がりになれば公営ギャンブル界も当然右にならえとなった。

 2002年、門司、西宮、甲子園の競輪場が廃止になった。10年に花月園、11年に大津びわこ、そして今年に入って観音寺が廃止。ここ最近は3年連続1場のペース。ええかげんに歯止めせなあかんでと思うのだが、向日町をはじめ、あっちゃこっちゃからのよからぬ噂は耳にする。

 地元の西宮・甲子園の両競輪場は俺の闘病生活中に廃止された。病院から抜け出して甲子園競輪場の最後を見届けに行った。俺は甲子園競輪場のすぐ近くで生まれそして育った。初めてバンクを走ったのもココ。目頭が熱くなった。俺には似合わないが青春そのものでしたわ。

 西宮競輪場跡には阪急西宮ガーデンズが建った。西日本最大級のショッピングセンターらしい。この5Fにギャラリーがある。精巧なジオラマ模型があり、西宮球場での様々な催し事の歴史や文化を展示しているが、悲しいかな競輪の“け”はまったくない。

 甲子園競輪場跡は大型分譲マンションが建った。ガラリと変わった景色を見て「俺の青春返せぇ~」と叫びたくなるが、「キックル君(甲子園競輪のマスコットキャラクター)が埋まってるらしい」と風の噂。かつての正門の前の歩道を探してみて。10匹ぐらいおりまっせ。粋な計らいおおきに~。

 当時の西宮市長が辞める時「私の功績は競輪を廃止したこと」と言ったとか。競輪事業の赤字に税金投入はもちろんご法度。だがこれまでの西宮市への収益金は1000億円を超える。一般市民にはピンとこないが市県民税の貢献度はあまり知られてない。釈然としないモヤモヤはいつまでも残ったままである。

 ◇齋藤 哲也(さいとう・てつや)1959年(昭34)4月生まれの53歳。元競輪選手(兵庫支部)。45期生の卒業チャンピオンとして80年にデビュー。S級で長く活躍し、03年7月引退(通算183勝、優勝25回)。本紙予想コラムでは高配的中数知れず。アナ車券の達人!! 現在、兵庫県、サテライト阪神のアドバイザーとしても活躍。

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