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原田隆よ岸和田だんじり魂で成り上がれ!

[ 2018年4月1日 05:30 ]

岸和田だんじり祭りでミニオンに扮した原田隆
Photo By スポニチ

 去年の夏、大阪の渡辺泰夫(49=62期)からの電話が鳴った。あかん……股ィャまた悪魔の誘いや……と思いながら99%「おばはんコンパやるでえ〜」の電話に出た。でもやけにテンション低いやんけと思ったら「後輩が……かくかくしかじか……どないかしてやってください」と。で最後に「アイツにはこのことは内密に」と言われ電話は切れた。残りの1%がとんでもない無償の愛やったやねんてホンマ男前すぎるでヤスオちゃん(笑い)。

 大阪の原田隆(42=77期)は去年の6月から今年の2月まで忽然とバンクから姿を消した。病名悪性リンパ腫。俺は6回の再発をしながらもまだくたばってない。原田に伝えた。「俺の主治医なら身も心からすべてドップリ委ねられる」と。

 そこで抗がん剤3クールと20回の放射線治療。頭髪の半分はズルむけたが(俺は眉毛、まつ毛、チ〇毛までツルッツルでしたわ)減少するはずの体重は10キロ増した。「スゲーなこいつ……」。バケもんみたいな強さを見た俺は安心したのと同時にビックリこいたのでした。

 バンクに復帰するのに資格検定とやらを受けなあかん。闘病生活のハンディをもろともせず1000メートルTTを1分10秒で走った。S1でもこんなタイム出されへん選手はいっぱいおる……あっ、コレ内緒ね。

 息子が2人。長男は競輪の自転車を制作するフレームビルダー学校で修行中。次男は競輪選手を目指し高校自転車部である。父の夢は長男のフレームに乗り、親子ラインで走ること。で「ちぎれたらあかんがなオトン!」と、たくましくなった次男に叱られたいとか(笑い)。

 師匠は俺と同期の吉野健二。プロレスの藤原組長そっくりで義理人情が熱い男や。そのケンジにビシッと男の教育をされたんやろな、原田を慕ってきた弟子は総勢7人。立派なファミリーの親分なだけにシュン太郎にはなれまへん。500勝と優勝50回を目標に、んでまたS級レーサーに返り咲くやで!

 「変わったな思うことは?」と問いに「明日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのように学ぶ」と返ってきた。「ええなあ〜ガンジー原田くん」。いつだって俺のツッコミは早漏なのであ〜る。

 ◆齊藤 哲也(さいとう・てつや)1959年(昭34)4月生まれの58歳。元競輪選手(兵庫支部)。45期生の卒業チャンピオンとして80年にデビュー。S級で活躍も40歳で悪性リンパ腫により、03年7月やむなく引退(優勝25回)。本紙予想コラムでは高配的中数知れず。アナ車券の達人!! 兵庫県、S阪神のアドバイザーとしても活躍。現在もガン闘病中のカリスマ的患者。

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