【内田雅也の追球】「馬鹿ヂカラ」を出した阪神 混沌の優勝争い プレッシャーを力に換える必死さ

[ 2021年10月24日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神1ー1広島 ( 2021年10月23日    マツダ )

<広・神>7回、坂本の適時打で生還したロハス(左)。ユニホームはヘッドスライディングで土にまみれていた(撮影・平嶋 理子) 
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 阪神ファンだった阿久悠が、いわゆる暗黒時代の1991年7月、スポニチ本紙に連載した『真情あふれるタイガース改造論』で<今いちばん必要なものは、強烈なプレッシャーである>と書いていた。

 <のびのびと自分たちの野球>ではなく<プレッシャーの力を借りて、異変時の超能力、火事場の馬鹿(ばか)ヂカラ的なものを出そうと云(い)っているのである>。

 時代は移り、低迷期は去った。しかし、逆転優勝に向けた正念場の今、必要なのは、同じくプレッシャーを力に換えるための必死さ、ひたむきさではないだろうか。

 デーゲームでヤクルトが敗れ、勇んで臨んだ一戦。重圧や緊張に打ちかち、阪神は引き分けてみせた。

 殊勲の同点打を放ったのは坂本誠志郎だった。1点を追った7回表2死一、三塁で打順が回った時、代打だと思った。打率1割台の8番打者に期待するのは難しい。

 それでも監督・矢野燿大は動かなかった。そのまま打席に送り、坂本は追い込まれながら森下暢仁の150キロ速球に食らいつき、二塁頭上を破ったのだった。「馬鹿ヂカラ」が出たのである。

 確かに、前2打席の遊ゴロ、三ゴロはともに三遊間の安打コースに飛んでいた。いや、矢野は技量よりも内なる心、坂本の必死さをみていたのかもしれない。「動かない」というのもまた用兵の妙である。慧眼(けいがん)であったと記しておきたい。

 この7回表は2死からメル・ロハス四球、佐藤輝明左前打(ロハス三塁ヘッドスライディング)でつないだ。大砲型が並んだ6、7番の2人は必死に食らいついていた。前2打席の打席ごとの投球数は順に8、7、9、9。計11本のファウルと選球で粘っていた。

 近畿で木枯らし1号が吹いた夜、広島でも寒風が吹き、ベンチにはストーブが入った。それでもマウンドに上った先発・秋山拓巳は顔中に玉の汗を浮かべていた。

 ブルペンのモニター画面でその汗を見ていたはずの救援陣は熱い心を知ったはずだ。無失点リレーの快投でつないだ。

 4打数無安打、初球凡退が3度あった4番ジェフリー・マルテも追い込まれた4回表はバットを短く持っていた。必死さは小さなしぐさにも現れ出るものだ。

 阪神を題材にした阿久の小説『球心蔵』(1997年本紙連載=後に河出書房新社で書籍化)には、決戦を翌日に控えた選手たちに語りかける投手コーチ・日夏旭(モデルは江夏豊)の言葉がある。「興奮して眠れないなら無理して眠る必要はない。興奮するならこれ以上はないというくらい興奮したまま、球場入りしたらええ」

 重圧や緊張を超越する姿勢を説いている。

 きょう24日はナイター明けのデーゲーム。再び重圧を力にする時である。 =敬称略= (編集委員)

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